第二章・鮮血の清算編

第七話 ・メルルさんはゲスい


 




 ヴェルロード伯爵領と言えば、鉱山などの天然資源や、彼の高名なデリスワインをはじめとする優れた特産品で有名である。




 その領土は、ベルフト王国の中でも有数の面積と豊かさを誇り、貴族間でもヴェルロードの名は一目も二目も置かれている。これも、ベルフト王国の創世記から続く長い歴史と、それを彩る華々しい功績の数々を顧みれば当然のことなのかもしれない。




 そのヴェルロード領の繁栄に今、一つの危機が迫っていた。




『通称、国啄くにばみ』




 その名の通り国啄みは、国土を鳥が啄んだ後のような荒地に変えてしまう一種の災害で、実際に国啄みに滅ぼされた国も存在する。


 全ての生きとし生ける物を死に誘うそれの正体はアンデットの異常発生だ。


 通常のアンデットの群れと、国啄みの異なる点は、リッチロードと呼ばれる最上位アンデットの有無であり、リッチロードが群れの中心を担っている場合にのみ、国啄みと呼称される。




 国啄みの厄介な点は、まるで軍隊のような組織立った行動をとってくる事と、時間の経過と共に規模が拡大していく事である。国啄みへの対応には迅速かつ、的確な判断が求められるのだ。




 その国啄みが、ヴェルロード領の辺境の地にて発生した。


 それも、間の悪い事に領主の不在時に……。代理の者では判断を下せず、自体は悪化していくばかり、あわや取り返しのつかない事態に、発展しようとしていた頃に彼女は聖都より帰還した。




『メルル・S・ヴェルロード』




 領主の娘にして、“奇跡の神子”の異名を持つ少女である。もし彼女から、言質をとることが出来たなら、それは大きな意味を持つだろう。民衆達の打算に塗れた、卑しい懇願が始まる。




「どうか……どうか我等をお救いください神子様!」




 勿論、無茶は承知、恥も承知の上。しかし、必死の懇願である。


 皆、口々に無責任な願いを少女に浴びせかける。その言葉を受けたメルルは、黙したまま視線を周囲に巡らし、一点で固定すると、静かに歩き出した。




 彼女が向かった先は地面に額を擦り付けながら跪く、幼い女子のもとであった。彼女は慈愛に満ちた女神のように微笑むと、鈴が鳴るような美声を優しく震わせ語りかけた。




「ねぇ、貴女。お家に帰りたい?」




 語りかけられた幼子は、涙ながらに正直な気持ちを吐き出す事で答える。




「かえりたい……はやく、おウチにかえりたいよぉ」




 舌足らずながら、しっかりと意志を表した幼子を優しく抱きとめ頭を撫でる彼女。やがて、幼子が泣き止んだのを確認すると、ゆっくりとした動作で立ち上がり彼女はこう宣言した。




「よろしい。私が責任を持って、悪しき魔物を滅ぼして見せよう!」




 それは、とんでもない発言だった。


 なんとメルル自ら戦うと言いだしたのだ。当然ながら、皆が反対した。


 皆、彼女に求めていたのは救援等の催促が本命であり、直接的な解決を期待していたわけではなかったのである。




 「無理だ、無謀だ、そんな事求めていない」「そもそもあなたが何故そこまでするのだ、戦いは軍人に任せておけばいい」先程まで寄って集って、メルルに縋り付いていた大人達は、今度は必死に彼女を諦めさせようとする。それも当然の事かも知れない。もし彼女に、ここで死なれでもしようものなら、それこそ取り返しのつかない事態である。




 しかし、誰よりも高潔な彼女は決して揺るぐ事は無かった。




「笑止、恥を知れ! 幼い子供が涙を流しているのだ。戦う理由等それで十分である」




 先程まで騒ぎ立てていた者達が、一様に押し黙り視線を伏せる。


 出来る出来ないの問題ではないのだろう。『子供が泣いているのにもかかわらず、何故戦わないのだ』と、言外に糾弾されている気がして言葉を発せず、重苦しい沈黙が流れた。




 すると突然静寂の終わりを告げるように、一陣の風が吹き抜けた。


 どうやら、この風はメルルの方から流れているらしい。


 否応にも視線が彼女に集まる。




 それは、神秘的な光景だった。




 皆の視線の先には、神々しい光に包まれながら旋風の中心に立つメルルの姿があった。魔術になど、何の教養を持たぬ素人目で見ても、それが聖なる力を秘めていると、感じさせる程の神々しい煌きを放ち、彼女を中心に巻き起こる旋風は物理的な圧力を与えると共に、美しい銀髪を翻し見る者の視線を釘付けにする。




 メルルは、皆の視線が自身に集まったのを確認すると、一拍子置いてから天を指差し尊大な言い回しを以て誓の言葉を紡ぎ出した。




「そもそも、誰に向かって無理や無謀等とのたまっている。我が名はメルル・S・ヴェルロード、奇跡の神子にして、領主の娘である。そのわれが、諸君等の安寧に尽力する事を、我が神と我が父の名に於いて誓おう。 ーー喜べ、今日諸君等は奇跡の目撃者となるのだ!」




 場の空気を完全に支配し、聴衆を圧倒して見せたメルルは次の行動に出る。


 唐突にメルルを包んでいた光と風が消え、彼女は一度視線を地に落とす。




 すると、態度を一転させ。




「それとも、私の言葉では皆さんは安心出来ませんか?」




 神々しい光の衣はもう纏っていない、駆け抜ける旋風も止んでいる。威圧感漂う尊大な言い回しもされていない。しかし、この場には彼女の言葉を彼女の力を疑う者など誰一人としていなかった。一瞬の静寂の後、場を揺るがさんばかりの喝采が弾けた。皆、持ち得る全ての言葉を以て賛辞の限りを尽くす。




 その場を埋め尽くす熱狂に手を振って答えると、


 自身を称える喝采の嵐を受けながらにメルルはゆうゆうと戦いの準備を進める。




 熱狂に身を任せた民衆は盲目になりがちである。


 よって、彼女の卑しく緩んだ口元など彼等の目には映っていなかった。






 《第二章・鮮血の清算編》






 ーーかっこよかったろう? そうであろう。




 ぬへへへ、一生懸命練習した甲斐があったってもんですよ。と、言うのもフェイちゃんから自信を持つように言われてから、密かに色々なシチュエーションに対応出来るように練習していたのである。




 スキル“属性付加・光”によって光のエフェクトを発生させ、風の魔術を絶妙な加減で発動し続けることにより、更なる演出を施す。この作業には意外にも高度な技術力が求められる。足元はスカートがはためく程度に、決してパンツが見えてしまってはいけない。私はそんな安い女ではないのでな。




 そして、頭部はやや強めに風を起し、髪の毛に躍動感溢れる動きをさせる。この時、髪の毛が顔にかからないように、注意しなければならない。私の髪の毛は細く鋭い、目にでも入ろうものなら出血しかねないのだ。




 私の隠れた努力の甲斐もあり、会場は大盛り上りの拍手喝采お祭り騒ぎ。


 その上、幼女を合法的(?)にクンカクンカ出来たし、いいことずくめだ。


 更に、こう言っては不謹慎かもしれないが、敢えて言おう。




『アンデット大量発生、美味しいです』




 久しぶりの大量経験値取得の機会が巡って来たのだ。こんな美味しい展開を、みすみす逃すバカもおるまい。


 尤も、領民達の生活もちゃんと保証するつもりである。


 お父様に厚い援助をお願いするつもりだし、個人的に寄付を募るのもいいかも知れない。




 それに、この世界には冒険者ギルドがあるらしいな、魔物退治と言えば冒険者だ。彼等は何をやっているのやら……まぁいいや、そのおかげでこうして私にお鉢が回ってきたわけだし。


 よし! 報奨金が出るようなら謹んで全額寄付しよう。




 私が、復興支援に全面協力をする決意を固めていると、セバスがこちらを見ている事に気がついた。この非常事態にサボるとはいただけないな、少し注意しておくか。 




「ん? どうしたのセバス、手が止まっているわよ」


「……いえ、なんでもありません」


「そう、ならいいの。でも、時間が経てば経つほど、被害は拡大するばかり。領民達の安寧のためにも私達には立ち止まっている暇なんてないわ」


「……心得ております、お嬢様」




 この時、私はセバスの目元に光る物があったのに気がついていたが、見なかった事にしておいた。


 なに、言うだけ野暮と言うものだ。


 おそらくセバスは、私が立派に成長したことが嬉しくて仕方がないのだろう。ふふ、可愛い奴め。




 この戦いが終わったら、皆でお祝いでもしよう。確か、セバスの誕生日も近かった筈だ、屋敷の皆でサプライズパーティーを開催するのも良いかも知れないな。




 やや、死亡フラグが立ってしまった気がするが、私には関係ない。


 フラグはへし折るためにあるのだ。




 それを証明して見せよう。











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