第8話 廃坑
三日後の日曜日。
二人は廃坑内への突入を試みることにした。二人は簡易なケービングスタイルに身を包み、診療所の前で落ち合った。坑内は夏とはいえ気温は十度前後である。薄手のセーターを着込んだ上から黄色のヤッケを身に着け、足にはゴム長靴を履いた。どこで用意したのか、彩は電球のついたヘルメットを二つ用意していた。さらに万一に備え、予備の懐中電灯を二つリュックの中にしのばせた。
「これが坑内の地図よ。ちょっと古いけど。」
彩が隆に手渡した紙には、子供の字で坑道の絵地図が書かれていた。恐らく彩が小学生の頃に廃坑の中に入っては、少しずつせっせっと書き溜めたものなのであろう。
「もう十何年ぶりだから。でも中に入ればすぐに思い出すと思うわ。」
彩の目は、まるで秘密の宝探しにでも出かけるかのように、イタズラっ気たっぷりに輝いていた。
廃坑の中は、幾重もの階層構造となっており、各階へはエレベーターか階段で移動するようになっていた。縦横に無数の坑道が走っており、ところどころ行き止まりとなっている。
「この地図はかなりラフなもので、実際はもっと複雑よ。」
そうであろう。銀山自体は江戸時代の昔から既にあったという。近代的な採掘が始まったのは明治になってからであるが、それでも優に百年近くは掘り続けられたのである。こんな一枚の紙では到底その全てを書き表すのは無理であろう。しかし、こんな簡単な地図でもこの際とても貴重な情報である。二人は意を決するかのように深呼吸すると、山への道を歩き始めた。
取水口まではこの前も歩いた道程である。厚着をしていたせいか取水口の辺に着く頃には、びっしつりと背中に汗が噴き出ていた。二人はとりあえずヤッケを脱いで、取水口のところで一休みした。透き通った清水は相変わらず滾々と湧き出てきている。この水にどうしてそのような怪しげな化学物質が混入してしまったのか。二人は改めて不可解な気持ちに包まれた。
五分ほど休んで、二人はつづら折れの道をさらに上流へと上る。道は一層細く険しくなり、両側から生い茂る夏草に覆い隠されてしまうのではないかと思われる程である。この辺りまでくると、もはや山菜採りの村人か物好きなハイカーくらいしか入り込まないのであろう。谷の流れは、いつしか見下ろすほど下の谷合いへと深くなり、沢を流れる水音も次第に小さくなっていった。
「あの辺りだわ。」
歩き始めて十分、彩は山の急斜面を指差した。銀山跡地とは丁度山を挟んで反対側くらいの見当である。ハイキング道から数メートルほど上った場所に秘密の入口はあった。生い茂る木々に隠されて下からでは全く見えない。彩のような勝手知ったる人の案内がなければ、入口に辿り着くことすら覚束ない。二人は下草を掻き分けながら斜面を上った。
入口は至って簡素であった。崩落を防ぐためであろう、苔むしたコンクリートで簡易に斜面が支えられ、さび付いた鉄格子の扉が付けられていた。扉越しに中の様子を窺うが、一メートル先はもう漆黒の闇であった。もともとこの場所自体か陽の光が届かない裏斜面である。勝手口は表玄関とは比較にならないほどみすぼらしく寂れたものであった。
扉にはこれまた恐ろしく朽ち果てたプレートが貼り付けられ、「危険、立入禁止」という文字が辛うじて読み取れた。扉には鍵がついていたが、恐らく壊れているのであろう、扉はキイッという音とともに内側に開いた。
二人は腰に巻いていたヤッケを羽織り直し、ヘルメットの電球を点けた。無言のまま顔を見合わせると、互いの意思を確認し合うかのようにしっかりと頷いた。こういう場面では普通は男が先に中に入るものだが、この場は彩が先に立って中に入る。隆もすぐに後に続いた。
「きゃー。」
しかし、一メートルも進まないうちに、彩はいきなり大声を出した。続いて一歩を踏み込んだ隆はギョッとして足を止めた。彩は額からしきりに何かを拭い去るような仕草をしたかと思うと、蜘蛛の巣が一杯巻き付いた手を、ゴメンナサイとばかりに隆の目の前に差出した。
「僕が先に行こうか。」
隆は思わず彩の前に立とうとしたが、彩はここは自分の城よと言わんばかりに隆を制した。二人は蜘蛛の巣をゆっくりと掻き分けながら奥へと進む。一瞬にして坑内のひんやりとした空気が噴き出た汗を消し去った。
坑内は思ったよりも狭かった。少し背を屈めないとヘルメットがごつごつと天井に当たる。道幅も一メートルほどで二人並んで歩くのは難しい。足元は比較的平らであったが、ところどころ崩れ落ちたと思われる岩が転がっていて、うっかりすると躓きそうである。
二人は慎重に壁や天井を観察しながら、奥へと足を進める。粗削りの岩肌がライトに照らされて怪しく輝く。五メートルも進むと、辺りは完全な闇と化した。後ろを振り向くと、先程入ってきた入口が異様に明るく輝いて見えた。隆は、これほど光が有り難いと思ったことはなかった。ここから先はライトから照らされるわずかな光だけが頼りである。
「昔と全然変わっていないわ。」
彩は懐かしそうに湿った壁に手を当てると、その感触を楽しむかのように指を動かして見せた。
「狭いのはこの辺りだけ。もう少し行くと広い坑道に出るわ。」
隆はやれやれと思った。こんな中腰で長時間歩くのは大変である。探検どころではなくなる。五分ほど経ったであろうか。次第に目が周囲の暗闇に馴染んでくると、おぼろげながら坑道の内部が見えるようになってきた。ごつごつとした岩肌が剥き出しになり、ところどころ天井から水滴が壁を伝って落ちていくのが見える。
坑道は次第に大きくなり、ようやく真っ直ぐ立ったままでも歩けるようになった。丁度その時である。道はポッコリと大きな坑道に出くわした。これまで歩いて来た道とは比較にならないほど大きな坑道には、鉱石を搬出するトロッコのものと思われるレールが敷かれていた。
「メインストリートよ。」
「メインストリート?」
「そう、銀山の各階にはこうしたレールの敷かれた大きな道が何本か走っていて、そこから両側に実際に鉱石を掘る支道が伸びているの。丁度魚の骨のようにね。」
彩はまるで鉱山ツアーのガイドのように胸を張って説明する。なるほど坑夫たちは、めいめいこの支道の中に入って鉱石を掻き出し、それをこの本道のトロッコに投げ込んだのであろう。トロッコが一杯になるとさらに大きな坑道まで牽引していくのである。
「この坑道が「五のハ」だわ。つまり五階のハの通りということね。」
彩が懐中電灯で照らし出した壁には鉄のプレートが打ち付けられ、ほとんど消え入りそうな字で「五のハ」と書かれていた。なるほどこれなら小学生でも道に迷うことはあるまい。ここは天然の洞窟ではない。かつて何千人もの坑夫が働いた人工の穴である。この道標さえしっかり押さえておけば、外界に戻れるのである。隆はようやく彩たちが子供の頃どうやって迷わずに廃坑の探検をしたのかが分かった。秘密の出口に通じる暗証番号は「五のハ」である。
「さあて、ここから先はどちらに行こうかしら。」
彩は先程の地図を取り出して懐中電灯の光を当てた。傍らから隆も覗き込む。しかし、隆はその地図を見て仰天した。子供の字で「五のハ」と書かれたその場所は、地図の遥か端っこの方にあった。地図はさらに複雑に拡大し、そこに描かれた符号を数えると「一のイ」から「十のリ」まであった。
この数字が階層を表わしているとすれば、この銀山は少なくとも十層よりなっている。つまり十階建ての巨大なビルがすっぽりとこの山の中に入っていることになる。しかし、彩によるとこの地図はまだ銀山全体の半分にも満たないという。地図には書かれていない地階の方がさらに大きいというのである。隆は改めて銀山の巨大さに度肝を抜かれた。
二人はとりあえず五のハの通りを下へと下ることにした。レール道は緩やかな傾斜がつけられ、遥かかなたの闇の中へと伸びている。真っ暗闇の中にいると全く距離感が失われる。このトンネルがどのくらいの長さなのかも全く見当もつかない。二人は足元に注意しながら歩を進める。その時。
「気を付けて。危ないわ。」
彩の声に隆はふと歩みを留めた。ライトで照らし出した壁にはポッカリと穴が開き、さび付いた鉄製の柵が施されているのが見えた。
「これ、換気口よ。」
そう言われると、どこからともなく外気が流れ込んでくる感じがする。隆が柵越しに恐る恐る覗き込んだ縦穴は漆黒の闇の中へと落込んでいた。ライトで照らしてみるが底は全く見えない。振り返って天井側も見てみるが、これまた闇である。銀山には換気のためにこうした縦坑がいくつか掘られているという。
明るく証明されていれば特に問題はないが、こんな真っ暗闇の中ではうっかりすると落ちる可能性もないではない。隆は改めて彩が子供の頃に危ない遊びをしていたものだと思った。
二人がさらに道を下っていくと、やがて道は巨大な縦穴の前で行き止まりとなった。縦穴の周囲は厳重に金網で覆われ、巨大な鉄の支柱が伸びている。
「きっと、ここから鉱石を下に落とし込んだのね。」
再び鉱山ガイド彩の説明が続く。なるほど、トロッコが端まで来るとこの支柱に支えられて縦穴の真上まで行き、そこでトロッコが回転して中の鉱石が下に落ちる仕組みになっていた。恐らくこのはるか下の方には巨大な鉱石運搬用の貨車が控えていたのであろう。
こうやって各階のトロッコに山積みにされた鉱石は一個所に集められて、山の外の精錬所に運び出されていったに違いない。
二人は何千人という坑夫が日夜立ち働き、多くのトロッコが行き来していた頃の銀山を想像して、しばらくその場に佇んだまま感慨にふけった。
巨大な穴の脇にはエレベーターホールがあった。勿論今ではエレベーターも動かない。さび付いた鉄製の格子が昔の名残を留めているにすぎなかった。二人はエレベーター脇の階段を降り始めた。懐中電灯で足元を照らしながら一歩一歩慎重に階段を下りる。
一階を下りるのに普通のビルの階段の三倍くらいの高さを下りた。とすれば一番上の層と一番下の層の階差は百メートル以上になりそうである。下の階は予想通り「四のハ」というプレートが掲げられていた。ここは四階である。
「さて、これからどうしようか。闇雲に歩き回ったんではいくら時間があっても足りない。」
隆は途方に暮れたようにため息をついた。
「ちょっと待って。」
彩は再び地図を取り出して見せた。「四のハ」は彩の手製の地図のほぼ中央にあった。四階にはあと少なくともイ、ロ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リの八本の坑道があるはずである。しかし地図にはイとハとニしか書かれていなかった。恐らくあとは省略したのであろう。この四階の他の坑道を調べるか、それとも他の階に移動するか。いずれにしてもすべての坑道を調べるにはとてつもなく膨大な時間がかかりそうであった。彩はしばらく地図を眺めていたが、やがて徐に口を開いた。
「そうね、一度一番下の本坑まで下りてみましょうか。」
彩が指差した本坑には、鉱石を山積みにした貨車の絵が書かれていて、それが遥か右下の方の銀山入口に向って走っていく様が描かれていた。
「そうか、そうだね。一度入口の方も見てみたい…。」
「しっ。」
隆が返事を返そうとしたその時、彩は素早くそれを遮った。一瞬にして辺りは静寂に包まれた。
「ど、どうしたの。」
隆は、一瞬身を強ばらせて、声を潜めた。
「人の話し声がしたような気がしたの。」
「人の声?」
隆はギョッとしたように耳を清ました。彩はパチリとライトを消す。隆もそれに倣った。辺りは不気味なほどに真っ暗になった。一寸先も全く見えない。しかし、そんな中で確かに人の声がした。
「バカだべ、あいつも。大人しくしてれば死なずに済んだものを。」
遥か下の方で、間違いなくその声は聞こえた。太い男の声であった。二人は恐る恐る鉄柵から身を乗り出して、遥か下の方の深淵を覗き込んだ。一番底の本坑の辺りで微かに揺れる光が見えた。
「ああ。しかし、まさか死ぬとは思わなかったよな。あれくらいのことでな。」
「打ち所が悪かったんだべ。」
「あの男」とは、きっとこの前隆が往診した時に死んだあの怪我人のことだろうと隆は直感した。やはり、リンチか何かがあったのである。しかし、一体あの男が何をしたというのであろうか。どんな理由であのようなひどい仕打ちを受けたのか。その答えはすぐに返ってきた。
「足抜けしようなんて大それたこと考えるからああなるんだ。」
「そうそう。舎利子(しゃりし)様に逆らって無事で済むと思ってたのかね。」
舎利子様?、男は確かにそう言った。舎利子様とは一体何者であろうか。言葉の響きからすれば、第一感何か宗教的な意味があるように聞こえる。隆の不信感はその一言でさらに高まった。一体この場所で何が行われているのか。マインランドの建設というのは本当なのであろうか。この前、往診に行った時に見た様子からは、確かに普通の工事現場であった。ただ、それにしては坑道への入口には高い頑丈な鉄製の扉が設けられ、今にして思えば何となく不気味な雰囲気があった。
隆は、もっとよく声を聞こうとして身を乗り出した。その時である。カランカランという音が坑内にこだました。どうやら足元の小石が落としてしまったらしい。
「誰だ、誰かいるだか。」
問い詰めるような声とともに、暗闇の中に懐中電灯の光の帯がさっと伸びた。隆は反射的に身を引いた。本坑から伸びた一線の光は、しばらく何かを探し求めるかのようにクルクルと中空を回り、次々と高い本坑の壁を照らし出した。
「誰もいるわけねえだろう。ネズミか何かだろう。」
その声とともに、光は再び闇の底へと戻って行った。隆はほっと深いため息をついて、彩の手を握り締めた。緊張の解けない彩の胸の鼓動が手首をつたって隆の手に伝わってきた。暗闇の中で彩の表情は全く見えないが、体が石のように強張っているのが分かった。
しかし、隆が一安心したのも束の間、事態は急変した。コツコツという鉄の階段を上る音がエレベーターホールをつたって響いてきた。どうやら二人の男が階段を上り始めたらしい。まずいと思った時はもう間に合わなかった。今階段に出ると、気付かれてしまう。あの古い鉄の階段を音を立てずに上ることなど不可能である。
二人は息を殺して暗闇に身を隠した。これだけの闇である。二人がどこへ行こうとしているのかは分からないが、このままじっとしていれば見つかることはまずあるまい。二人が躊躇している間にも、階段を上がる音は着実に大きくなってきた。時折踊り場で止まっては、また上がり始める。もうすぐ下の階まで来たらしい。再び声がした。
「そろそろ帰ろう。見つかったら只じゃ済まないべ。」
一人の男が震える声で言った。
「大丈夫だ。このまま帰れるか。『呪いの四のハ坑』と聞いて黙って帰れるか。」
「でも何でまた『呪い』なんだべか。」
「それさ。何でも昔ここで大きな落盤事故があって何人か死者が出たらしいんだ。それ以来、ここは閉鎖されて…。幽霊が出るとかで。」
「ゆ、幽霊?」
幽霊と聞いて、もう一人の男の声が坑道一杯にこだました。今時、幽霊なんて馬鹿げた話ではある。しかし、改めてそう言われると何となく薄気味が悪いのも確かである。地下水が染み出しているのであろう、この坑道は他の階に比べるとやけに湿気が多く、ジメジメとしていた。隆と彩は、とんでもない場所に居合わせたと分かって、思わず背筋がゾクリとした。
そうこうしている間にも、二人の男の足音は四のハ坑道に到達した。懐中電灯の明かりに照らされて、二人の男の姿がボンヤリと闇の中に浮かび上がった。隆と彩が隠れている場所からはほんの十メートル程の距離しかなく、息をしても聞こえそうなくらいである。
「どっちに行くべか。」
その声とともに、闇の中に光の帯がさっと走った。二人は思わず息を止めて観念した。後ろは優に五十メートルはある断崖である。全く逃げ場はない。こんなことなら男どもが上がってくるまでに駆け出しておけばよかった。そうすれば仮に見つかったとしても逃げおおせたかもしれない。しかし、時既に遅し、後悔先に立たずである。今目の前に二人の男が立ち塞がっていた。
「そっちは行き止まりだ。危ないからやめとけ。」
一頻り右に左に懐中電灯をかざした後、もう一人の男が呟いた。男どもはくるりと踵を返すと坑道の奥へと向って歩き始めた。隆と彩は恐る恐る顔を覗かせて、男どもの後姿を目で追いかけた。足元を照らす懐中電灯がチラチラと揺れる。男どもは時折濡れた地面に足を取られながら坑道の奥へと進んでいく。彩がそっと立ち上がろうした時、再び男の声がした。
「何だ、もう行き止まりでねか。」
階段から五十メートル程であろうか、暗くて距離はよく分からないが、どうやら坑道は塞がっているようであった。やはり落盤事故というのは本当だったのである。地下水の湧出により地盤が軟弱だったのかもしれない。
男どもは懐中電灯をクルクル回して坑道の床から天井までを隈なく調べていたが、それ以上進むすべがないのを確認し終わると、取って返してきた。隆と彩はまたしても逃げ出す機を逸して、再び壁にピタリと背をもたせかけた。
「ほら言っただろう。何にもありゃしない。今時、呪いだの幽霊だのって馬鹿げた話もないもんだ。」
一人の男が自信たっぷりに高笑いした。もう一人の男はまだ納得していない口振りで何事かをぶつぶつつぶやいていたが、その男に付き従って階段を降り始めた。怖い物見たさというのであろうか、半信半疑ながら内心はお化けか何かが出ることを期待していたのかもしれない。それが何事もなかったため、やや拍子抜けしたようであった。
しばらくして男どもの足音は遥か下の方に去って行った。それとともに再び漆黒の闇だけが隆と彩の周囲に残った。二人は、ふうーっという長い嘆息を漏らしながらゆっくりと立ち上がった。まだ心臓がドキドキと高鳴っている。隆はライトを点けると先に立って坑道の奥へと進む。確かにここの坑道は湧水の所為か、足元をよく見ていないと転びそうになる。
その中を進むこと約二分、確かに坑道は行き止まりとなっていた。錆付いた鉄格子に遮られて、そこから奥へは進めない。鉄格子には厳重に鎖が巻かれ、これまた恐ろしく錆付いた南京錠が掛けられていた。傍らのプレートには「危険。立入禁止」との表示があった。一見すると何もないただの行き止まりの坑道であったが、隆は一瞬不審を抱いた。
「このプレート、妙に新しくないかい。」
その声に、彩がライトを近づけて繁々と観察する。
「そうね、鉄格子や錠前の錆び具合からすると、おかしいわね。」
確かにプレートの字は新しかった。いくらか錆は来ているものの、何十年も経ったものではないことは素人目にもわかった。ということは誰かが最近このプレートを付け替えに来たのである。新しい工事関係者であろうか。この階の地盤が緩いと聞いて表示を付けたのかもしれない。
しかし、プレートの汚れ具合からすると少なくとも数年は経っているように見える。新しい工事が始まったのは半年ほど前、ここのプレートは少なくともそれよりはかなり古いもののように見えた。しかし、誰が、そして一体何のために。廃坑になって四十年も経つこの銀山の奥底になぜそのような厳重な封鎖が必要なのか。銀塊の山でも埋めたのであろうか。だとすればなぜ掘り出さないのであろうか。何とも不可解である。
二人は、ライトの明かりが届く範囲で鉄格子の奥の方を観察する。はっきりとは見えないが、光の届く範囲を見る限り土砂で完全に埋まっているようであった。土砂の下から湧水が少しずつ滲み出ては坑道の低い方へと流れていくのが見える。恐らくこの奥に地下の湧水があるのであろう。天井も壁も湿気でしっとりとした感じで光を反射していた。
隆は持ってきたガラス瓶に湧水を少しばかり汲み取ると、しっかりと蓋を閉めた。
「さあ、戻ろう。」
隆は呟いた。これ以上ここを調べても無駄のようであった。それに地盤もそれほどよくはなさそうである。いつ何時また崩れるかもわからない。二人は仕方なく踵を返すと、来た道を戻って行った。
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