第16話 超えてきた一線
僕たちは窓から姿が見えないよう気をつけながら、ロバートの後ろをついて行った。20分ほど歩き着いた先は、密閉空間になっている実験室の中だった。
「ロバーツ、ここは何をする所?」
黄田がたずねた。
「ここは爆発物などを扱う時に使用する実験室です。ですから、多少の衝撃を向けても問題ないですし、酸素ボンベなども用意してあります」
「なるほど。いい場所ね」
「先ほど用意しておいた無人戦闘機を出動させました。今頃、維持過激派の無人戦闘機と戦闘を繰り広げているはずです。その決着がつくまで、ここにいましょう」
ロバーツの話を聞いて、僕たちは、皆、黙って頷いた。
「あの人たち、完全に一線を超えたわね」
カリムが冷めた表情を浮かべながら言った。
ナノネクストコーポレーションに飛来した無人戦闘機は、思った通りエデン維持過激派のものだった。そう断言できたのは、彼らの無人戦闘機に対し、エデンを利用しているカナダの防空システムが作動しなかったからだ。
維持過激派が送り込んできた12機の無人戦闘機は、ロバーツが用意した無人戦闘機によって全て撃墜された。僕たちは実験室のモニターで維持過激派の無人戦闘機が全て撃墜されたのを見届けてから建物の外に出た。
「ひどい」
目の前の光景を見て、黄田が口を開いた。ナノネクストコーポレーションの本社は約7割が破壊され、人型救助ロボットが瓦礫を退かしながら懸命な救助活動を行っている最中だった。
「安室」
丁が突然、走り出した。丁が向かった先には、担架に乗せられた男性らしき姿があった。僕たちも丁を追って担架に駆け寄った。
「おい。大丈夫か」
丁が大きな声でその男性に呼びかけた。近くまで行って、僕もようやく担架に乗っている人物が安室だと確認できた。
「危険な状態ですので、すぐに病院へ連れて行きます。離れてください」
救助ロボットから注意を受け、丁は一歩後ろへ下がった。救急車は安室を乗せ、すぐに出発した。ロバーツは丁の肩に手を置き、おもむろに口を開いた。
「丁君。救急車の番号は分かっているので、安室君がどの病院に運ばれたか、後からすぐに分かります。それよりも我々は救助作業を邪魔しないよう、一旦ここを離れましょう。カリム」
「はい」
「3人は今、お金も端末もなく、光学迷彩用のスーツを着ているだけの状態です。彼らに服と端末を用意し、ホテルへ送り届けてください。私は社長とメンガさんに今の状況を報告します」
「分かりました」
「それじゃあ、頼みましたよ」
僕たちはロバーツと別れ、その後すぐに生活に必要なものを彼女に手配してもらった。
次の日、僕たちはメンガたちとの臨時のリモート会議に出ることになった。それまでの間、少し時間があった僕と黄田と丁の三人は、安室が運ばれた病院へ足を運んだ。
受付に行き事情を話すと、安室は現在集中治療室にいて面会ができない状態になっていた。そこで僕たちは集中治療室の窓から、安室の姿を見る許可をもらい、部屋へ向かった。
「安室」
丁がベッドの上でたくさんのチューブに繋がれている安室の姿を見て口を開いた。
僕はまだ医者としての実践経験がない身だが、正直ここから回復するのは難しいだろうなと思った。
「丁さん。この後の臨時会議は私と重紀君の二人で行くから、丁さんは安室さんの側にいてあげて。ロバーツさんには私の方から話しておくから」
黄田が丁にしばらくここにいるよう促した。
「ありがとう」
「じゃあ、行ってくるね」
僕と黄田は丁を残し部屋を出た。
「黄田さん。正直、安室さんの容体、どうなんですか?」
僕は会話が絶対に丁の耳に入らないエレベーター前まで来た所で、黄田に安室の容体をたずねた。
「バイタルも弱まっているし、もう、長くないと思う」
黄田は坦々とした口調で答えた。
「そうですか」
エレベーターがやって来て、目の前のドアが開いた。
「さあ。私たちは私たちのやれることをやるわよ」
「はい」
僕と黄田はエレベーターに乗り、病院を後にした。
病院を出た僕と黄田は、ナノネクストコーポレーションの子会社へ向かった。カリムに案内され会議室の中に入ると、ロバーツがリモート会議のセッティングを行なっていた。
「おはようございます」
僕と黄田はそれぞれロバーツにあいさつした。
「おはよう。セシル、安室君の容体はどうだった?」
ロバーツの質問に、黄田はただ首を横に振った。
「そうか……ありがとう」
ロバーツは寂しそうに答えた。
「じゃあ、映像をつなげるよ」
ロバーツが端末を叩くと、画面にエデン解放派のリーダーであるメンガと副リーダーのマラハイドの姿が映った。
「みんな、すまない。僕が維持派との交渉を優先したばかりにこんなことになってしまって」
映像が繋がってすぐに、メンガが僕たちに対し謝罪してきた。
「気にしないでください、メンガさん。私たちも彼らがあそこまでするとは思っていませんでしたから」
黄田がはっきりとした口調で答えた。きつい表現はなかったが、言葉から彼女の怒りがしっかりと伝わってきた。
「丁の姿が見えないけれど、彼は大丈夫なの?」
副リーダーのマラハイドが聞いてきた。
「丁さんは今病院にいて、大怪我をした友人に付き添っています」
彼女の質問には、僕が答えた。
「そう。分かった」
マラハイドが少しだけホッとした表情を浮かべて言った。おそらく、彼女は丁が今回のことでショックを受けていなくなったのではと心配したのだろう。
「メンガさん。このままエデン維持過激派を放っておくと、ますます関係のない人たちが巻き込まれ犠牲になります。彼らの暴走を止めるため、早急に手を打ちましょう」
ロバーツが珍しく力強い提案をした。
「今回のことで、私も腹が決まりました。すぐにエデンサーバーを占拠する準備を始めたいと思います」
メンガが真剣な表情を浮かべて言った。
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