第14話 折り合う形

戦闘が終わった後も、ロバーツたちは粛々とテトラエルド酸イオンの採取を続けていた。


「採取完了。引き抜いても大丈夫です」

観測装置を見ていた丁が口を開いた。


「了解。これより筒を抜きます。ロバーツさん、筒のケースを地面に立ててください」

筒の制御装置をコントロールしていた安室が、側にいたロバーツに声をかけた。


「了解」


ロバーツは氷山へ打ち込む時に使用した筒のケースを手に取り、氷床の上に立てた。


「行きます」

安室はゆっくりと氷山からテトラエルド酸イオンが入った筒を抜き取り始めた。


「テトラエルド酸イオンに変化なし。圧力一定」


丁が現在の筒の中の状態を伝えてきた。安室は筒を氷山から抜き取ると、そのまますぐにケースの中に収めた。


「丁、筒の中の状態は?」

安室がたずねた。


「変化なし。安定してる」


「了解。テトラエルド酸イオンの採取に成功しました。皆さん、お疲れ様です」

安室は採取が上手くいったことを皆に伝えた。


「みんな、ご苦労様。すぐに撤収しよう」


「了解」

ロバーツの指示を受け、二人は手早く機材をまとめ始めた。




三人の人型ロボットの回収が終わると、ヘリはすぐに出発した。


黄田やロバーツは一仕事終わり和やかな雰囲気だったが、ただ一人、安室だけは様子が異なっていた。


「安室さん。どこか具合が悪いんですか?」

僕は安室を気遣い声をかけた。


「君たちは、敵が襲ってくる事を知っていたのか?」


僕にそうたずねてきた安室の眼は、明らかに疑いの色に染まっていた。どうする? 何て答える? 正直に言った方がいいのか?


「ええ。知っていたわ。確証はなかったけど」

僕が困っていると、黄田がこちらに来て口を開いた。


「なぜ、俺に黙っていたんだ?」


「当たり前でしょう。確証もないのに伝えてどうするの? 怯えるだけでしょう」


「何?」


「あなたに戦闘能力があるのなら伝えたわよ。戦力になるから。あなた、戦いの経験は? そもそも武器を扱えるの?」


 黄田に戦闘能力を問われ、安室は怒った表情をしながら黙ってしまった。この状況を見かねて、ロバーツが二人の仲裁に入った。


「安室君。黙っていたことはわざとじゃないんだ。君に余計な不安を与えたくなかったから話さなかっただけなんだよ。そのことで君が不快に思っているなら僕が謝るよ。すまなかった」


「いえ。いいんです。俺の方こそ大人気なかったです。すいませんでした」


安室は大変決まりが悪そうな表情を浮かべながら言った。これ以降、グジョーア・ヘブン空港に着くまで誰も口を開かなかった。




グジョーア・ヘブン空港に着いた僕たちは、行きの時と同じホテルに泊まった。夕食が終わると安室はすぐに部屋へ戻り、それ以降部屋から出てこなかった。

この状況に溜まりかねた僕は、居間でくつろいでいた黄田に思いをぶつけた。


「黄田さん。安室さんへのあの言い方はないですよね? 困っていた僕を助けてくれたことには感謝しています。ですが、あんな風にキツく言わなくてもよかったですよね?」


「重紀君。あなたも明日になれば分かるわよ。彼、今日のこと何とも思っていないから」


「そんなこと、あっ」


そうだ。エデンは都合の悪い記憶を不活性化するんだった。


「思い出した? なら、この機会にきちんとあなたに伝えておく。これから先も、あなたは自分は覚えているのに向こうは全く覚えていないという経験を何度もすることになる。そしてそれが繰り返されていくうちに、だんだんとこちらの感覚がおかしくなってくるの。そうならないように私はその時思ったことをすぐに発散して、気持ちを引き摺らないようにしているの。私が見る限り、あなたは繊細な人だから、きちんと気持ちを発散しておかないと精神が持たないわよ」


そうか。黄田はこういうことを何度も経験したから、自らを保つため、あえて自分の感情を表に出して引きずらないようにしていたのか。


「すいません。僕の配慮が足りなかったです」

僕は素直に黄田に謝った。


「いいのよ。みんな一度は通る道だから。とりあえず、今日はゆっくり休みなさい。初めての戦闘を経験したんだから、自分が思っている以上に心身ともに疲れているはずよ」


「そうですね。そうします」

僕は黄田のアドバイスに従い、早めに部屋へ戻り体を休めた。




次の日の朝、身支度を整え食堂へ向かうと、先に来ていた安室がにこやかに僕に話しかけてきた。


「おはよう、戸田君。体調はどうだい?」


「ええ。しっかり寝たので大丈夫です」


「そうか、それはよかった」


「安室さんはどうですか?」


「俺? 俺はバッチリだよ。やっぱりフィールドワークはいいね。元気がもらえる」


安室の頭の中には、昨日の出来事が綺麗さっぱりなくなっているようだった。確かにこういうことが何度も続いたら、こっちがおかしくなる。


「結構、混乱するでしょ?」

振り返ると、黄田が笑顔で立っていた。


「えっ、何が?」

安室が黄田にたずねた。


「普通の暮らしは大変ってこと」


「確かに、俺には大変だ」


安室は笑顔で答えていた。

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