第11話 エデンが作られた意味

本社の通路を通りヘリポートの入り口に向かうと、その手前の待機室に40歳くらいの中年男性と30歳くらいの精悍な女性が僕たちを待っていた。


「紹介します。お二人は今回僕たちを北極圏まで連れて行ってくれるワールド・ディベロップメント・カンパニーの方たちです。フィントンさん、お願いします」


ロバーツの紹介を受け、中年男性が口を開いた。


「どうも。ワールド・ディベロップメント・カンパニーのエリック・ウエイン・フィントンです。今回、私がヘリの操縦をいたします。普段から安全運転を心がけておりますが、速度を上げて欲しい時はいつでもリクエストしてください。吹雪でない限り、お受けいたします」


ここは笑っていい所なのか? 皆の反応を見ると、黄田と安室は笑顔を浮かべ、丁は無表情で応えていた。


「では、パエスさん」

次にロバーツは、精悍な女性にあいさつするよう促した。


「どうも。副操縦士のジゼリ・パエスです。趣味はハンティングです。よろしくお願いします」


ひょっとして、ロバーツは彼女が戦力になると見込んで頼んだのか? ロバーツの顔を見ると、彼は僕と目が合うや否や頬の筋肉を上げた。やはり、そうか。


「それでは、皆さん。外に出て、ヘリに乗り込んでください」


ロバーツに言われ表に出ると、ヘリポートに全長20メートルくらいあるティルトローター型のヘリが停まっていた。僕たちは、荷物を持ってヘリに向かって歩き始めた。


「戸矢君」

僕がヘリに乗り込もうとすると、一番後ろにいたロバーツが話しかけてきた。


「何ですか?」


「後ろに積んである銀色の箱に電子パルス銃やチャフグレネードなどが入っています。取扱説明書を後で端末に送信しますので、移動中に読んでおいて下さい」

「分かりました」


「それじゃあ、行きましょうか」

僕たちがヘリに乗り込むと、フィントンはすぐに離陸を開始した。




バンクーバーを出発してから14時間後、僕たちはカナダ北東部にあるグジョーア・ヘブン空港に到着した。


「うー、寒い」


ヘリを降りてすぐ黄田が震えながら口を開いた。気温は現在9度。僕たち東京から来たメンバーは、寒さに全くついていけてなかった。


「とりあえず、ホテルへ移動しましょう」

ロバーツの指示に従い、僕たちは彼が手配した車に乗り、宿泊予定のホテルへ移動した。


ホテルの中はきちんとした暖房設備が整っており、外の寒さをすっかり忘れされてくれた。そこで食事をとった後、安室は明日使う機材をチェックするため部屋に戻り、残りの四人は居間のソファーに座って、窓から見える満天の星空を楽しんだ。


「戸矢君。初めての長旅で疲れていないかい?」

隣に座っていたロバーツが話しかけてきた。


「大丈夫です。ただ興奮して疲れが麻痺しているだけかもしれませんが」


「そうか。ならいいか」


「はい」


「武器のマニュアルは読んだかい?」


「一応、理屈は頭に入れました。あと北極圏にいる生物のことも少し調べておきました」


「なるほど。襲ってくるのが人間だけとは限らないものね」


「結構、多様な生物が生息しているんですね」


「意外だったかい?」


「はい。生物が生きていくには厳しい所だと思い込んでいたので」


「確かに暖かな地域に比べればそうだろうね」


「重紀君」

僕の斜め向かいにいた黄田が少し真面目な表情を浮かべながら口を開いた。


「はい?」


「君は多様性が正しいことだと思っている?」


「えっ?」


黄田のちょっと真剣な雰囲気から、僕は彼女が意図していることを図りかねていた。


「どういう意味ですか?」


「言葉の通りよ。多様性を求めれば、それだけ競争も激しくなる。人間の場合、それに加え意見を集約することも難しくなる。それでも多様性って大事?」


多様性。今まであまり考えずに使っていたが、正しい言葉なのか? 

でも、ある程度の多様性がなければ、何か問題が起きた時に対処できず、全滅する恐れもある。黄田はその多様性の線引きを僕に求めているのだろうか? 

僕は答えに窮してしまった。


「戸矢君。今セシルが話している問題が、実はエデンが作られることになったきっかけなんだ」

ロバーツが口を開いた。


「どういうことですか?」


「エデンはね。多様性を求めすぎて社会が回らなくなった人類が、それを解決するために作ったAIなんだよ。全ての人間の能力を上げて個人差をできるだけ少なくし、そしてその人に向いている仕事に就かせることで、人間の能力、身分、考えをなるべく統一しようとしたんだ。実際、エデンによって犯罪が減り、戦争もなくなり、社会は上手くまわるようになった。だが、もちろんその弊害もある。良いこと悪いことの判断は全てエデンによって決められ、記憶も勝手にコントロールされる。リベラルにされて、人口抑制に使われた人たちもいる。戸矢君。我々はね、エデンによる統一化された世界から、多様性を取り戻そうとしているんだ。だが、それだってどこかで線引きをする必要がある。セシルはそのことを君に聞いているんだよ」


多様性をどこまで認めるか? そう問われても、僕の頭には何も浮かばなかった。


「黄田さんは、答えが出たんですか?」

僕は素直に黄田にたずねた。


「私? 私は明確な価値観の線引きは分からなかったけど、目指すべき目標は見つけたわ」


「何です?」


「多様性はいいことかもしれないけど、正しいことではない。以前は多様性を金科玉条にして失敗したんだから、今度はそうさせなければいいのよ」

黄田は確信に満ちた表情を浮かべながら言った。


「確かに、それが一番いいのかもしれませんね」


 黄田の意見に、僕も大いに賛同できた。それからしばらくの間、僕たちは窓から見える星を見ながら、静かに流れる時を過ごした。

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