第二章 材料を求めて
第9話 新たなる旅立ち
4日後、僕は無事、高校の卒業式を迎えた。
現代における学校とは、主にエデンによる教育プログラムがうまく行っているかどうかを確認するための場所だ。だが、この学校というシステムは、僕に他人と関わるという大切な学びも提供してくれた。
たまたま一緒になった同年代の人達と価値観を共有することを学び、また違いを知る。学校システムが今でもなくならないのは、この学びを大切にしているからではと僕は思っている。
「これで高校生活もおしまいか」
教室の窓から見える景色を名残惜しそうに見つめながら、ミシェルが口を開いた。
「ああ。なんかあっという間だったな」
僕は卒業証書が入った筒の感触を確かめながら言った。
「重紀、明日からすぐに研修に入るんだろう?」
「うん」
「大変だな、医者は」
「そうでもないよ。自分で決めた道だからね」
「重紀、最近なんか変わったよね。なんて言うか、大人びたよね」
ミシェルが視線の先を僕に向けて言った。
「そうか?」
「うん」
僕が変わったとすれば、それは果たすべき使命を背負ったからだろう。エデンを止めて、兄の仇を取る。普通の人はまず背負おうことがない大きな使命だ。
「ありがとう。ミシェルにそう言われたら、益々やる気を持って仕事に臨めるよ」
「なんか寂しくなるな。重紀が物理的に離れるだけでなく、人間としても俺を置いて離れていってるようで」
「考えすぎだよ、ミシェル」
そう。ミシェルは僕みたいに命に関わるような大きな使命を背負う必要はない。
君にはずっと元気でいて欲しい。
「卒業しても、連絡は取り合おうな」
「ああ。もちろん」
僕はすぐに返事をした。二人の友情を改めて確かめ合い、僕は帰路についた。
次の日、僕は一週間分の着替えを用意して、空港へ向かった。空港のラウンジに入ると、黄田と丁がイスに座って待っていた。
「おはようございます」
僕があいさつすると、二人も各々言葉を返してきた。
「重紀君」
あいさつの後、黄田が少し真剣な表情をしながら僕に話しかけてきた。
「はい」
「今ならまだ引き返せるけど、覚悟はできてる?」
「ええ。もちろん」
僕は自信を持って答えた。実際、今の自分に迷いは一つもなかった。
「分かったわ。じゃあ、いきましょう」
僕は二人と共に飛行機に乗り込み、カナダのバンクーバーに向けて出発した。
バンクーバーの肌寒さは、僕が想定していた以上のものだった。
前もって調べていたので、この時期の最高気温が20度を超えないことは知ってはいたが、高温多湿の東京の暑さに慣れていた僕にとって、この気温は非常に肌寒く感じた。
「迎えが来ているはずなんだけど……」
黄田があたりを見渡しながら口を開いた。
「お待たせしました、皆さん」
声がした方向に振り返ると、そこにはラフなYシャツを着た大柄な男が立っていた。
「ロバーツさん。久しぶり」
黄田が男に話しかけた。どうやら、この人が待ち合わせていた人らしい。
「セシル。元気そうで僕も嬉しいよ」
黄田にロバーツと呼ばれた男も、笑顔で答えていた。
「紹介するわ。こちらはアレックス・ヒルトン・ロバーツさん。ナノネクストコーポレーションの取締役よ」
「初めまして、アレック・ヒルトン・ロバーツです。よろしくお願いします」
ロバーツが僕の前に手を出してきた。
「初めまして、戸矢重紀です。こちらこそ、よろしくお願いします」
僕はロバーツの手をしっかり握って答えた。
「君があの戸矢君か」
「僕のことを知っているのですか?」
「もちろん。体調に何か変化は起きてないかい?」
ロバーツも最初に僕の体調について聞いてきた。やはり、皆エデンデバイスのプログラムを変更したことを心配しているのか。
「大丈夫です」
「そうか。それはよかった。丁君も久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「はい。ロバーツさんもお変わりなく、元気そうで何よりです」
「ありがとう。それじゃあ、ここで話すのも何だからホテルに案内するよ。駐車場に車を停めてあるから、荷物を持って着いて来て」
「はい」
僕たちは駐車場に移動し、そこから彼の車に乗ってホテルへ向かった。
ホテルへ向かう車中、ロバーツが今後の予定について話し始めた。
「今後の予定なんだけど、僕たちは明日、北極に向けて出発します。メンバーはここにいる四人と現場まで連れて行ってくれるワールド・ディベロップメント・カンパニーの二人、それと丁君の大学の同僚である安室吉平(あむろ きっぺい)君の計七人です。北極圏まで移動した後、僕と丁君と安室君の三人がテレイグジスタンスで動かす人型ロボットを操り、氷山からテトラエルド酸イオンを採取します。そして、終わったらすぐに離脱するというのが今回の計画です」
「ロバーツさん。僕は何をしたらいいですか?」
僕は運転席にいるロバーツに質問した。
「バイタルチェックをお願いします。そして、僕たちが維持過激派に攻撃された時は、彼らを迎撃してください」
「えっ? 襲われる可能性があるんですか?」
「はい。ですから、もし我々の身に何かあった時は、テトラエルド酸イオンをうちの社員であるサラ・カリムに届けてください。今回、ここにいるメンバー以外でアースゲイザーなのは彼女だけです。頼みましたよ」
ロバーツは平然とした様子で、僕の質問に答えた。
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