第8話 次なる目標

「静観? 我々に何もしないで欲しいということですか?」

ブロカードがメンガに聞き返した。現場に少し不穏な空気が流れた。


「正確にいうと、向こうの味方にならないで欲しいという事です。維持派の中には過激派にシンパシーを感じている人たちもいます。過激派と武力を使った戦いになった時、一番混乱するのは味方から裏切り者が出た時です。その可能性を私はなるべく減らしておきたいんです」

メンガは淡々と理由を述べた。


「なるほど……そういうことでしたら理解できます。裏切り者が出ないとは言い切れませんから」


ブロカードは顔を少し曇らせながら言った。おそらく、何か心当たりがあるのだろう。


「ありがとうございます」


「では、我々は静観しています。それでも何か我々の力が必要になった時は、いつでもおっしゃってください」


「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」

メンガは丁寧にお礼を言った。


「維持派の皆さんの中で、我々に何か質問や要望はございますか?」

メンガが他のメンバーに呼び掛けると、ゼーダーが口を開いた。


「一ついいですか。突入してエデンを止める鍵が見つかった場合、解放派の皆さんはそれを使ってエデンを止めるのですか?」


「はい。当初はその予定でしたから、その通り実行いたします。最初に多数決をとって決めたことを覚えていますよね?」


「はい」


「もちろん、その場合はエデンが担っているインフラの部分を、我々が作ったプログラムですぐに補います。混乱がなるべく起きないよう、万全を期して実行いたします」


「分かりました」


「他に何かありますか?」


「解放派の皆さんは、維持過激派との武力衝突も辞さないという覚悟でおられるのですか?」

有が手を挙げて質問してきた。


「はい。武力衝突も相手と交渉するための一つの選択肢として考えております。メンバーの中にナノネクストコーポレーションの一族の方がおりまして、彼がドローンやヒューマノイドなどを多数用意してくれました。戦闘になった場合、我々はそれらを使って一般市民への被害が出ないよう配慮しながら戦う予定です」


ナノネクストコーポレーションは、世界的に有名な製薬会社の一つだ。彼らはタンパク質でナノマシンを作り、それを人間の体に直接注入して病気を治す方法を確立した。この治療法は副作用が起こらず、加えて患者への負担もほとんどないことからすぐに広まり、ナノネクストコーポレーションは世界でトップクラスの大企業となった。


「なるほど。分かりました」


「他に何かありますか?」

メンガの問いかけに、それ以上、誰も応えなかった。メンガは再び口を開いた。


「では、皆さま。本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございました。また何かございましたら、いつでも連絡をいただければ幸いです」


「いえ、こちらこそ、有意義な話し合いができてよかったです。作戦の成功を祈っております。それでは失礼いたします」


別れのあいさつを述べたブロカードが通信を切ると、他の維持派のメンバーも一斉に通信を切った。話し合いは無事上手くいったようだ。


「重紀君。今日は来てくれてありがとう。君のおかげで維持派の協力を上手く取り付けることができたよ」

メンガが和やかな表情で僕に話しかけてきた。


「いえいえ。僕はただここにいただけですから」


「それが大事だったんだよ。書き換えプログラムに問題がないことを、彼らの前できちんと見せることができたからね」


いただけで褒められたことなどなかったので、僕はちょっと恥ずかしくなった。


「他に何か僕に出来ることはありますか?」

僕はメンガに質問した。


「そのことなんだけど、実は一つ君にやってもらいたい事があるんだ。マラハイド」


「戸矢君。4日後、君は高校を卒業して、その後しばらくの間、休みがあるよね?」

マラハイドが聞いてきた。


「はい」


「その間、君にはテトラエルド酸イオンを採取して来て欲しいんだ」


「テトラ……エル?」


「テトラエルド酸イオン。光学迷彩服に使う材料だ」


「光学迷彩って、あの姿を消せる?」


「そう。研究所に侵入する際、戦闘部隊だけでなく工作部隊もいた方がいいだろう? テレイジスタンスを使った人型ロボットは戦闘で使う分にはいいが、細かい作戦を行うには不向きなんだ。頼めるかな」


「もちろんです。お受けいたします」


「ありがとう。任務の最中、君には黄田のアシスタントになってもらう。二人は丁たちが行っている鉱物採取に医者として同行し、テトラエルド酸イオンを持ち帰って来てくれ」


「えっ、物理的に移動するのですか?」


「そうだ。テトラエルド酸イオンは北極の永久凍土の中に含まれている。その距離と温度だとテレイグジスタンスの使用は不都合が起きやすい。そこで君にはカナダのバンクーバーを経由して北極に飛んでもらう。そこで合流する仲間と一緒に採取して来てくれ」


「分かりました」


「まあ、卒業旅行だと思って気楽に行きましょう」

黄田が軽い口調で話しかけて来た。


「はあ」

いきなりの展開に少し戸惑っていた僕は、少し気が進まない返事を黄田に返した。


「何? 年上のお姉さんとの旅はご不満?」


「いえいえ、そんなことは」

僕はすぐに否定した。


「でしょう。向こうは寒いから、きちんと準備してきてね」


「はい」


彼女に対し抗う手段を何一つ持ち合わせていなかった僕は、努めて明るい声を出した。

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