第6話 人間の行動原理
「リベラルにされて自然淘汰されたって、どういう意味ですか?」
言っている意味がよく分からなかった僕は、すぐにメンガに聞き返した。
「リベラルというものを個人の自由を尊重する思想と定義した場合、リベラルは社会を維持する点で言えば、とても劣った思想なんだ。君は人間の行動原理について考えたことはあるかい?」
「いえ、ないです」
「自己犠牲。人は昔から自己犠牲を行動原理にすることで、コミュニティーを作り、社会を発展させてきたんだ。だから狩猟時代の人たちは、自分たちのために犠牲になってくれた動物に祈りを捧げ敬っていた。その尊さが分かっていたからだ。農耕時代になると、一粒の種が犠牲になることで、多くの実を結ぶと考えるようになった。聖書にも取り上げられている一粒の麦の話は、まさにこの自己犠牲のことを言っているんだよ」
「それが現代にも受け継がれているのですか?」
「そう。形を変えてね。日本語の場合、自己犠牲の精神は愛という言葉に置き換えられている。恋愛、家族愛、愛国心。愛のつくものには、全て相手のために何かをする、時間を使うという意味が込められているだろう? これら愛のついた言葉は、全て自己犠牲を言い換えた表現なんだ」
「やっと意味が理解できました」
「私やマラハイドの一族は、エデンデバイスに対して懐疑的な立場の人たちが多かったんだ。だけど、エデンデバイスを使わないと、使用している人たちに全く太刀打ちできなくなる。それでしょうがなく使用していたんだけど、そういう所がエデンからしてみれば反乱分子として映っていたみたいなんだ。懐疑的な人たちは、みな個人の権利ばかりを主張し始め、家族を持たずに死んでいった。エデンにリベラルになるよう脳を活性化されてね」
「そうだったんですか」
「もしかしたら、エデンは個人の幸福を追求することが、懐疑的な人たちにとって一番幸福を感じる形だと解釈したのかもしれない。でも、エデンがとった行動は、間違いなく自分に対して異を唱える人間を緩やかに死滅させる方法だったのよ」
マラハイドが冷静な口調で答えた。
「これで私たちが真剣にエデンを止めたいと思っている理由が、分かってもらえたかな?」
メンガが再び穏やかな表情を作り、僕に話しかけてきた。
「はい。今の話を聞いて、エデンの恐ろしさがよく分かりました。喜んで皆さんの力になります」
「ありがとう。それじゃあ、私たちはこれで失礼します。3日後、同じ時間にエデン維持派の人たちとのリモート会議があるので、戸矢君もそこに同席してください。彼らに記憶の活性化と不活性化だけを抑えるプログラムが完成したことを見せたいので」
「分かりました」
「それでは、失礼します」
二人の姿がモニターから消えた。僕は一度、大きく息を吐いた。
「どう、二人と話してみて」
黄田が僕に聞いてきた。
「とても尊敬できる方々ですね。落ち着きがあり、言葉一つ一つに信念を感じました」
「よかったわ。重紀君も二人に対して良い印象を持ってくれて。改めてよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
僕は差し出された黄田の手を握り答えた。
「戸矢君。改めてよろしく」
丁は先ほどよりも愛想よく口を開き、僕の前に手を出してきた。
「はい。よろしくお願いします、丁さん」
僕は丁とも再び握手をした。
「それじゃあ、今日はもう遅いから帰りましょう。また3日後、ここに集合ね」
「あっ、ちょっと待ってください」
黄田の言葉の後、僕は二人を呼び止めた。
「お二人はどういう理由で、エデンを止めようと思ったのですか?」
このタイミングでないとなかなか聞けないと思ったので、僕は二人に理由をたずねた。
「私はエデンによって、亡くなった祖父のことを全く思い出せなくなっていたことに怒りを覚えたからよ。大好きだったのに、何も思い出せなくなっていたのよ? だから私は自分の思い出の取捨選択をAIなんかにされたくないと思って解放派に入ったの」
「そうだったんですか。丁さんはなぜ解放派に?」
「俺はもっと自由に研究したかったからだよ」
「えっ、エデンって人から研究の自由も奪っていたんですか?」
「ああ。おそらく今何が必要で、今後どのような技術を発展させたらいいか計算して決めていたんだと思う。俺はもっと自由に好きなように研究がしたい」
「そうだったんですか。皆さん、それぞれ異なる思いがあって解放派に入ったんですね」
「そう。そしてそれは維持派の人たちも同じ。彼らは基本エデンから解放されると人類はまたつまらない争いを始めるから、例え自由が損なわれてもこのままでいいって考えているの。彼ら個人個人の思いがあった上でね」
黄田が僕に維持派の理屈を教えてくれた。
「難しいですね。どちらも人の幸せを願っていることに違いはないのに」
「だから、大変なのよ。お互い正義だと思っているから。激しくやり合う事になるかもしれないから、その覚悟はしといてね」
「分かりました」
黄田の言葉を聞いて、僕は自分が想像していた以上の大きな決断をしていたことに気がついた。
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