第3話 はっきりさせよう!
次の日、僕はいつも通り起床し、居間へ向かった。
「おはよう」
「ああ。おはよう」
僕があいさつすると、両親もすぐに言葉を返してきた。
普段と全く変わらない朝の風景だ。
僕はイスに座り、昨日友人たちに伝えた作り話を両親に話した。
「昨日のことなんだけど、友人たちには道で倒れていたお爺さんを助けていたって言っておいたから。それでそのお爺さんが残念ながら亡くなったので、警察の事情聴取を受けたって。これならたまたま僕が警察と一緒にいた所を見た人がいても問題ないでしょう?」
僕の話を聞いて、両親は困惑の表情を浮かべていた。
あれ? この作り話、上手くなかったか?
「重紀、お前何を言っているんだ?」
父親が口を開いた。
「昨日のことだよ。兄と名乗る人が突然現れて、殺されたでしょう? 警察に黙っていてくれって言われたから、嘘の話を作ったんだよ」
「あなた、大丈夫。熱はない?」
母親が立ち上がって、右手で僕のおでこを触った。
両親の頭からは、昨日の出来事がきれいさっぱり消えているようだった。
不活性化。
その時、僕は戸田隆生が言っていた言葉を思い出した。
エデンはオプトジェネティクスの技術を使って脳細胞を不活性化し、嫌な思い出を緩和したり消したりすることができる。
だが、それは精神的な病になりそうな時や、あまりに悲しい出来事を経験した時などに限定されている。
両親の記憶は、テロ事件だったから消されたのか? だとしたら、なぜ僕だけ記憶を保持している? 理由が全くわからない。
「ちょっと、僕、疲れているみたいだ。今日は無理しないようにするよ」
記憶が不活性化されているのなら、今ここで両親に何を説明してもずっと平行線のままだ。僕は会話を切り上げ、それ以上、両親の前でこの話題に触れないようにした。
その後、僕はいつも通り、学校へ向かった。
教室に入ると、すぐに友人のミシェルがそばに来て話しかけてきた。
「おはよう、重紀」
「おはよう」
「昨日はいいことしたのに災難だったな」
「ああ。でも将来のことを考えれば、良い経験だったよ」
「そうだね」
「ミシェルってさあ、エデンデバイスについて詳しかったよね?」
「一応、機械工学専門ですから」
ミシェルが得意げな表情を作りながらいった。
「エデンデバイスのプログラムを書き換えて、脳の活性と不活性化を自分でコントロールすることって出来る?」
「理論的には可能だよ。だけど、それをしようとしたらかなり大変な作業になるけどね」
「そうなんだ」
「エデンデバイスの調子が悪いの?」
「うん。昨日からちょっと記憶の整理がついていないんだ」
「そりゃあ、そうだよ。昨日、助けた人が目の前で死んだんだよ? それが普通だよ」
確かに、僕は自分の目の前で人が刺されて死ぬという衝撃的な経験をした。
だが、それに対してあまりショックを受けなかったから、記憶が消えなかったのだろうか?
いや、そんなことない。僕は昨日、十分ショックを受けた。
「ねえ、ミシェル。不活性化が出来るなら、活性化で記憶を作りだすこともできる?」
「記憶を作る? 可能だよ。経験していない事を実際に経験したと感じさせるという形でね」
「そうなんだ」
つまり、昨日の経験は作られたものかもしれないのか。
「大丈夫かい、重紀?」
ミシェルが心配そうな表情を浮かべて聞いて来た。
「ああ。大丈夫」
決めた。後できさらぎ公園に行ってみよう。戸矢隆生が言うように木の下に宝物が埋まっていれば、少なくとも昨日の記憶は正しいものだと判断できる。
「そうか。じゃあ、帰りに駅前のクエン酸ドリンク屋によっていこうぜ。奢ってやる。昨日頑張ったご褒美だ」
「ありがとう、ミシェル」
友人の好意を無にしたくなかった僕は、学校が終わった後、ミシェルと共に駅前のクエン酸ドリンク屋に寄った。
そして、そこでたわいも無い話をした後、家に戻りスコップを手にしてきさらぎ公園へ向かった。
きさらぎ公園の木々は葉が生い茂り、その間から流れてくる穏やかな風がとても心地よかった。
僕は戸矢隆生が言っていた南にある大木のそばに行き、周囲に人がいないのを確認してから地面を掘り始めた。
50センチぐらい掘った所で金属音が鳴った。僕はそこから手を使って慎重に掘り始めた。出てきたのは、縦横20センチほどのお菓子の缶だった。
中を開けると、そこには大きく飛び跳ねるスーパーボールや、当時人気だったヒーローアニメのシールなど、いわゆる子供の宝物がたくさん詰まっていた。
少し感傷に浸りながら缶からそれらのものを取り出していくと、一番下に白い封筒があった。
中を見ると写真が複数枚入っており、そのうちの一枚は僕と僕の両親、それとどことなく戸矢隆生に似た真新しい制服を着た男性が一緒に写っていた。
裏には「2152年 隆生 中学校入学式当日」と書かれていた。
間違いない。戸矢隆生は僕の兄だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます