番外編3 少女達の邂逅③

 その後も会話はあちらこちらへと飛んでは展開しました。


「何やってるのさ?」


 ぽかんとした顔を鏡に映したのは、ヤルン達の友人でキーマという名の少年です。エルネアよりも濃い金髪をしていて二人よりも背が高く、体つきも引き締まって見えます。

 彼は剣士なのだと自己紹介してくれました。


「おい、あれ持って来いよ」

「あぁ、これ?」


 すらりと無機質な音がすべります。さやから抜き放った刀身は本物独特の輝きを放ち、決して触れることはないと解っていても、どきりと少女の胸を打ちました。


「人を……斬るの?」

「そりゃまぁ、兵士だからね」


 こだわりのない口調です。けれど、人を傷つけることに何も感じていない風でもなさそうで、ミモルは少しだけ安堵しました。


 誰も苦しい想いをしないのが理想だとしても、それが容易などではないことくらいは承知しています。彼ら兵士が腕を振るうからこそ、安心して生きられる人々がいるのでしょう。


「のどが渇いてきましたね。何か持ってきても構いませんか?」

「おっ、そうだな。キーマ、場をつないでてくれ」

「来たばっかりの人間に頼むわけ?」

「お前じゃ、誰にも見つからずに取りに行くの無理だろ」

「こっそり行くの前提なんだ……」


 ミモルは口の中だけでうらやましいなと呟きました。

 彼らはあらゆる意味において別世界の住人です。

 時には武器や魔術を使って敵と戦い、命を奪うこともあるのかもしれません。考えるだけで血の香りが漂ってきそうになります。


 それでも、今こうして友人同士で和気あいあいとしているのを見ると、自分にもそんな関係になれる誰かがいればと思わずにはいられなかったのです。

 ネディエやティストに会いたくなってしまいました。


「じゃあ、こちらも何か用意するわね。ミモルちゃんはお話していて?」

「あ、うん」


 一瞬、手伝おうかと口を開きかけ、キーマを一人にするのは気が引けて留まります。それに、会ったばかりの彼に対する純粋な興味もありました。


 互いにこの一瞬きりという予感が、背中を押してくれたのかもしれません。キーマは物怖じや人見知りをしない人間のようで、興味津々に訊ねてきました。


「ミモルだっけ? 何してるひと?」

「今はエルのお手伝いをしながら森で暮らしてるよ。あなたはどんな訓練をしてるの?」

「うーん。剣振り回したり、走ったり?」

「ええ、それじゃあ全然分からないよ」

「あれ、そう? うーん、でも他に何かあったかなぁ……」


 あまりに大雑把な説明に、くすくすと笑いがこぼれます。かなり陽気な性格なのか、人懐こさはどこかムイを髣髴ほうふつとさせるなと心の端で思いました。


 そうこうしている間に他の面々も戻ってきて、手には軽くつまめる食べ物や飲み物がしっかりと握られています。

 エルネアもクッキーと温かいココアを運んできてくれ、各々が定位置に収まると、楽しいお喋りが再開しました。


 ヤルンはやんちゃでにぎやかな人。ココは大人しそうに見えて芯が強いタイプ。キーマは変なことを言ってはヤルンにはたかれています。

 三人とも話していてとても面白い人達でした。


「そろそろ終わりにしましょう」


 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、気付けば時計の針はすっかり深い時間へと回ってしまっています。

 さすがに欠伸あくびが出始めたのを見計らい、終わりを切り出したのは唯一の大人であるエルネアでした。


「それじゃあ、今夜はほんとに悪かったな」

「もういいよ。こんなに人と喋ったのは久しぶり。とっても楽しかった」


 舌はすっかり滑らかさを失い、明日は声も枯れているかもしれません。でも、全身を包むのは心地よい疲労感です。触れられれば、きっともっと楽しかったことでしょう。


「そう言って頂けると嬉しいです。私も楽しかったです」


 ココが手を差し出そうとしてハッとし、残念そうな顔をしました。

 もっと交わしたい内容があります。あとからあとから溢れてきて止めがありません。終わらせなければならないと知っているからこそ、名残惜しさがこみ上げるのでした。


「もう、次はないかもしれないわね」


 エルネアがぽつりと言います。ミモルも、互いを繋いだのが奇跡的な確率の何かだということくらいは理解しているつもりです。


「大丈夫」


 うつむきかけた顔を上げると、そこには自信満々に瞳を輝かせるヤルンの姿がありました。彼は「絶対また繋いでみせる」と自分の胸をどんと叩いて見せます。

 どうしても駄目なら、会いに行けばいいのだと。


「……うん、楽しみにしてる。お休みなさい」


 別れは意外にあっさりとしたものでした。手を振りあい、ヤルンとココがその手をふわりと握りしめたところで、鏡は元通り部屋の中を映す本来の役目に戻りました。


「夢じゃないよね」

「えぇ」


 頷くエルネアの微笑みは柔らかいものです。

 ふいに寂しさがこみ上げてきましたが、ミモルは口の端を引き絞りました。泣いたら永遠の別れを認めてしまう気がしたからです。


 代わりに「魔術って凄いな」と言いました。あんな力があったら、もっと世界は高くて広いのでしょうか。


「本質的にはミモルちゃんの力と同じものよ」

「そうなの?」


 空になったカップを回収するエルネアは続けます。


「彼らは天の守護を得ずに自分で力を制御する方法を見出して、長い間受け継いできたのでしょうね」


 ヤルンが見せてくれた「魔導書」と呼ばれる本は、力の発現を委ねる装置です。出口を制限することで安定を生む仕組みなのだと彼女は教えてくれました。

 その代わり、天との直接的な契約は結べなくなるのだと。


「じゃあ、私も魔術が使えるようになるの?」

「似たようなことをするのは可能だと思うわ。……挑戦してみる?」

「良いの? やってみようかな」

「さぁ、そうと決まれば明日に備えて今日はもう寝ましょう」


 机上でカチカチと秒針が時を刻む音が鳴ります。先ほどまでの出来事が夢でないことを強く訴えるかのように……。


《終》

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