番外編3 少女達の邂逅②

 ミモルは説明されてもピンとこなかった分、別のことを疑問に感じます。


「そんな遠いところの人が、どうしてうちの鏡に……?」


 鏡は目に見える現実の姿を映し出すもので、それ以外の何かを見せるなど、本の中のお話以外では聞いたこともありません。


 すると、なんとか冷静さを取り戻しかけてきたヤルンが言葉を選びながら詳しい理由を話してくれたのですが、今度も思わぬ障害が立ちふさがってしまいました。


「あーその、魔術でいろんな物を見る『遠見』って術をやろうとして、手違いが起きたみたいでさ」

「あの、まじゅつって何?」


 ミモルが両手でストップをかけると、ヤルンはココと共に呆気に取られた表情でこちらを見てきました。もしかして、二人は本当に物語に出てくるような魔法使いなのでしょうか。


「……」


 彼の顔には困惑と共にわずかに不審ふしんが浮かんで見えます。

 自分だってかつては義母ははに、今はエルネアに教わって勉強しています。疎い子だと思われては二人に対して申し訳なく、悔しくもありました。


 そんな内心に気付いてか、エルネアが助け舟を出してくれます。ミモルが知らないのも無理はなく、近隣には魔導師も魔術も存在しないのだと。


 その事実はヤルンとココにとってあまりに衝撃的だったらしく、しばらく声も出ないようでした。彼らにはあることが「当たり前」だったのでしょう。

 常識が否定されるのは辛さを伴うことです。それを知るミモルは、生まれかけた悲しみや怒りが静かな感情に塗り替えられていくのを感じました。


「えと、つまり……その『魔術』っていう力で遠くを見ようとして、なぜかウチに繋がっちゃった、ということ?」

「多分、そう」


 これまで見知った内容を合わせて結論を出すと、呆けていた少年達も頷きます。お互い、色々と知らなかっただけ。色眼鏡をかけて相手を見てしまっただけです。だったら、そんなものは取り払ってしまえば良いのです。


「んー、それじゃあ、せっかく知り合えたのだし、お喋りしてもいいかな?」

「えっ、お喋り?」

「このまま、さようならなんて勿体ないもの」


 あとに残るのは、同い年の人達と知り合えたという事実です。自然と口元が綻びました。


「是非!」


 ミモルの提案に、ココという女の子が大乗り気で賛成してくれました。

 ヤルンも満更でもなさそうな様子で同意し、エルネアが危険もなさそうだからと許可してくれたところで、不思議な交流は始まりました。


「あ、その前に。堅苦しいのは無しにしようぜ。気をつかって喋るのはしんどいしな」


 ヤルンが苦笑交じりに言います。確かに彼は堅苦しいのは好きでないようで、それはミモルも同じだったので快く了承しました。

 それぞれ鏡が見やすい位置に椅子を運び込みます。最初は恐ろしい出来事でしたが、夜に誰かとワイワイお喋りするなんてドキドキする経験です。


「じゃあ、魔術について教えてくれる? 魔法みたいなもの?」

『うーん……』


 そこを知らないと先には進めない気がして訊ねると、二人は腕を組み、顔を見合わせてうなってしまいました。ココが言います。


「当たり前のことを改めて説明するのって、難しいですね」


 魔女や魔法使いが出てくるお話は読んだ経験があります。育ての母ルアナは読書家で、かつての家には様々な本が並んでいました。

 文字を教わってからはダリアと良く書棚の前に陣取って読みふけったものです。


 物語の中の魔法使い達は、杖を一振りするだけで水をワインに変える不思議な力の持ち主だったり、人を惑わせる悪者だったりしました。


「まぁ、魔術も似たようなもんだな。本の魔法使いみたいに何でも出来ちまうわけじゃないけど」

「お見せした方が早いのでは?」

「えっ、いいの? 見たい見たい!」


 ココの提案にミモルは興奮して身を乗り出します。魔法使いが実在するなんて考えもしませんでした。胸をおどらせるなと言う方が難しいでしょう。


「そんなに期待されても大したことは出来ないぞ。じゃあ――」


 そこから先は、何を言っているのか聞き取れませんでした。ミモルの知らない言葉だったからです。


「古代語ね。今私たちが使っているものより、あえて遠回しに表現することで『本質』に迫る言葉よ」

「エルには解るの?」


 パートナーはそっと微笑みました。


「神々の時代には誰もが話していた言葉だもの。地上からは失われたと思っていたけど、こんな形で残っていたのね」


 詩みたいだとミモルは思います。やがて、何かがかちりとはまったような感覚があり、「魔術」が完成したのだとわかりました。


「わぁ……!」


 光が花となって舞います。くるくると回るたびに光の粉を散らし、花びらに変化してやがては消えていく……。甘い香りが鼻に届きそうな、幻想的な光景でした。


「明かりの魔術の応用で、割と簡単なものなんだ。キレイだろ?」


 光は様々な顔を見せ、ひと時として留まることはありません。まるで万華鏡まんげきょうの中です。

 自分でも結構気に入っているというヤルンに、ミモルも深く頷きます。


 手のひらで生まれたほのかな祝祭は数秒の間辺りをいろどると、はかなく絶えてしまいました。


「それでは、今度は私が」


 ココが同じように「言葉」をつむぎます。やはり聞き取れませんでしたが、なんとなく意味が分かるような気もしました。

 彼女が何もない空間から生み出したのは、小さな光の星々です。色も青や黄や紫と豊かで、柔らかく明滅めいめつしています。


「世界が手のひらから出てくるみたい」


 その後も二人は交互に簡単な術を見せてくれ、ミモルとエルネアを魅了しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る