第37話 聖なるぎしき②

「……ありがとうね」


 ある時、休憩時間に草原で寝そべって風に吹かれていたら、エレメートがやってきて隣に腰を下ろしました。ミモルも上体を起こして、優しげな瞳を見つめ返します。


「ミモルが来てくれて、本当に嬉しいよ」

「どうして、私だったんですか?」


 思い切ってミモルは、これまで胸にしまい続けた疑問を口にしました。

 人間はそれこそ星の数ほどいます。あの時見た夜空にまたたく星々の数だけ、「神」になる資格を持つ者が存在しているのでしょう。


「……僕らはいくつもの幾つもの種をいた。その中で花が咲きそうだなってところには肥料を与えて、あとはひたすら待ってたんだ。花を咲かせたあと、種を飛ばす時に『こんな小さな花壇じゃ嫌だ』って言いだす花をね」


 なんの話でしょう。多くの何かを含んだ話に聞こえましたが、ミモルにはすぐに理解しきれませんでした。花が人間だとして、肥料や花壇は何を意味するのか……。


 深い思考に落ちようとする少女に、彼はのほほんと「そんな顔してると、しわになっちゃうよ」と笑いました。


「心配しなくても、ミモルにはたくさん助けてくれるひとがいる。それに、永遠にお留守番をしてなきゃいけないわけじゃないんだから」

「……帰ってきて下さるんですよね?」

「もちろん」


 時が来れば、彼らは死んでしまいます。でも、世界が存続するならば神々もまた転生し、いずれ復活すると彼らは言ったのです。

 魂の輪廻りんねを見守る者という不可欠なピースが外れ、ばらばらに壊れかけそうだったパズルが、ミモルという新たな欠片を得てかろうじて崩壊をまぬがれました。


「僕達が帰ってくるまででいいんだ」


 あくまで一時に過ぎない役目です。欠片はあくまで本物のピースが戻り、かちりとはまるまでの臨時の代用品なのでした。


「いつ、とは約束できないけど。その時がくれば絶対に分かるから。探してくれると嬉しいな」


 どこかで人間として生まれる神の現身うつしみ。それを探すなんて、砂漠で小さな砂粒を求めるような作業に思えたけれど、その粒は宝石の如く光り輝き、居場所を知らせてくれるはずだと。


 見つけ出した時こそが神の復活の時であり、今はまだ出せないでいる「ミモルなりの答え」を伝えるタイムリミットでもありました。




 長い長い、黒い人影の列が彼方かなたまで続いています。最前列を歩く白いひつぎを担いだ者達を見送ったのは、どれくらい前でしょうか。


 すすり泣く声が止まない葬列。大人も子どもも関係がありません。天使達にとって親であり、先生であり、導き手であった神々。それが突然失われたのです。


 ミモルが後継者に選ばれるまでは決してらされなかった事実だけに、知らされた瞬間の衝撃は形容しきれるものではありませんでした。


「う、……うぅ」


 列の出発点となった神殿の入口。エルネアが止めなく瞳から涙をこぼしながら、白い床に座り込んで項垂うなだれています。初めて見る黒い礼服を身に着けたその姿は、美しくもぼろぼろに見えました。


 ミモルは何も言えないまま、金糸きんしの髪を撫で、抱きしめます。自分が辛い時、いつもエルネアがしてくれるように。そうしないと、大切なひとを追って彼女からも魂が逃げていってしまいそうに思えました。


 後ろに立つフェロルは懸命けんめいに涙をこらえているようでしたが、目元の赤さまでは隠しようがありません。


「フェロル、泣いても良いんだよ?」


 ミモルにとって母を失った時の胸を裂かれるほどの悲しみは、まだ古い記憶になっていません。だから、涙が押し流してくれる痛みもあると知っています。


「……いえ、大丈夫です」


 返ってきたのは引き絞るような声でした。泣きたくないのか、泣けないのか、それとも別の何かでしょうか。

 儚げな青年の胸中に渦巻くものを、ミモルには推し量ることが出来ません。


 葬列も、まだ最後尾は訪れません。

 長い間使われてり減った魂を解放する「聖なる儀式ぎしき」は、朝を昼を過ぎ、夕暮れまで続きました。

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