第35話 星のひかり②

『ささやかな光だけど、自分の隣にいるひとくらいなら照らせると思わない?』


 ふわりと真っ白な空から何かが――エルネアとフェロルが降りてきました。


「二人とも、どうして……」


 ミモルはそこで言葉を切ります。彼女達もこの扉から召喚されたのです。ミモルの精神世界になら、入ろうと思えば入れて当たり前だったわけです。


「ずっと、気をつかってくれてたんだね」


 どんなに心配でも、不安に押しつぶされそうになっても、心の奥へ土足で踏み込むことはすまいと。二人がそっと微笑みます。


「言いたいことが沢山あるけど、もう何も言わないわ。その代わり、一番近い場所で最後まで見届けるつもりよ」


 エレメートの言うように、この二人だけで良いのなら胸の前に浮かぶ光が小さくて弱くても、一緒に囲んで笑顔を交わし合うくらいは出来そうです。


「ありがとう」


 礼を告げて笑い返すと、二人は黙って光に手をかざしました。彼らの力を受け、またたきはわずか、明るさを増します。


『光を天へ』


 ディアルに言われるまま手をそうっと差し出します。まるで吸い込まれるようにして光は指先を離れ、遠ざかっていきました。

 白かった世界の天上が暗くなり、光は白い点になって真上で止まります。


『お前の星だ。良く覚えておくことだな』

「星?」


 言われてみれば、たった一つの星だけが灯る、寂しい夜空みたいでした。


『お前がかたわらに望む星は誰だ』


 今度はシェンテの声がして、ミモルは咄嗟とっさにネディエとティストを思います。すると、一つしかなかったはずの星の近くに色味の違う二つの星が現れました。


『目をらせ。星に隠れるようにして、何が見える』

「……あ」


 星は三つになったと思いましたが、違います。自分の星のそばには二つ、後から生まれた星々の傍にも一つずつ、更に小さな点が寄り添っています。


「あれは僕達ですね」

「なら、あっちはナドレスとヴィーラかしら?」

『他に何を思い描く?』


 少年クロノの声に、今度は別の顔が浮かびました。今は何処どこでどうしているのかも分からないニズムとマカラです。

 その瞬間、少し離れた場所に新たな瞬きが生まれました。


『だいぶにぎやかになってきたね。じゃあ、もっと楽しくしようか』


 エレメートが言うと、色とりどりの光がぽつぽつと増え始めます。

 そのぽつぽつはやがて速度を増し、初めはたった星一つの小さなきらめきに過ぎなかった天が見る間に明るさを増していきました。


「本当の空みたい」


 それも尋常じんじょうな数ではありません。数えるのも首が痛むのも忘れて見入るほどの美しい星空です。ふいに、母と姉と暮らしていた頃に見た、山中の川沿いを飛び交う蛍の群れを思い出しました。


 昼間の暑さから一転、気温がぐっと落ちる初夏の夜。演奏会のように繰り返される、静かな静かな明滅めいめつ。姉妹はそのひとつをそっと手のひらに捕まえては眺め、放しては飛んでいくのを眺めています。


 胸をいっぱいに満たす、土と木のやや湿っぽい香りを含んだ風。蛍が生み出す柔らかな光に照らされながら、景色を楽しむ母の横顔。

 隣で目移りしてはしゃぐ姉の、軽やかな足音と笑い声……。


「……!」


 自然と、涙がミモルの頬を伝いました。あの日々が、もうずっと昔の出来事のように思えることが、とてつもなく悲しかったのです。


 人は亡くなったら星になり、生きている人を見守ってくれるという話があります。大人の優しい嘘だとしても、この景色には関係のない話と己に言い聞かせても、感傷がとめどなくあふれてきます。


 誰の問いもありません。空を見ていて気が付かないのか、知らないふりか。うまく説明できそうにないミモルには有難い静けさでした。


 星が視界の端の更に向こう側にまで広がりきると、ようやく天は変化を止めます。ミモルはぐっと両目を手で拭い、気持ちを無理やり切り替えました。過去に捕らわれて立ち止まっている時間など自分にはないのです。

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