第33話 せかいの矛盾②

 見せろと言ったディアルの冷たい瞳は、今は確かに年端もいかない少女を真っ直ぐにとらえています。


「お前は世界に矛盾を感じているのだろう。それを如何いかなる方法にって正す?」

「世界の矛盾……」


 眉間に自然としわが寄ります。ミモルが抱く違和感はまさしくそれでした。けれど、まだ胸の内に明らかな「答え」は見つかっていません。


「私は」


 自分は望みを告げただけです。唇が小刻みに震えるのを我慢してみしめるばかりで、代案など何も出てはきません。せっかくリーセンがお膳立てをしてくれた今になって、己の浅はかさに気が付いてショックを受けました。


 ところがディアルは即答を求めず、その話は意外な方向へ転がり始めました。


「答えを見つけたいか」


 その問いになら応えられます。ぐっと顔を上げて引き結んだ口を開きました。


「ここまでなんて、絶対に嫌です」

「……それについては我々も同感だ」


 神々の視線が外へと向けられるのを感じます。単に光溢れる庭を見ているのではなく、天を抜けてはるか地上までをも見通しているように思えました。

 やがて、ディアルがゆっくりと衝撃の言葉をつむぎます。


「このままでは世界は終わる。天も地上もそして矛盾も全て、無と化すだろう」



「無と化すって……、それはどういう意味ですか?」


 唐突な発言に、ミモルは頭が真っ白になりました。エルネア達も同様だったらしく、瞳を目一杯見開いて事態を見守っています。


「言った通りだ。神は永遠などと誰が決めた? そんなものは人間の作ったまやかしに過ぎない。じきに我らは寿命を終える。我らの創った世界も崩れ去るだけのこと」


 理解を本能が拒んだといった方が正しいでしょうか。硬直する彼女達に優しく声をかけたのはエレメートでした。


「もともと『僕ら』がもっと居たのは知ってるよね?」


 ミモルがこくりと頷きます。

 以前にムイが教えてくれた話によれば、神々が世界を作り、「使い」や天使や他の生き物を生んだけれど、やがてうち一人が離反して争いが起きました。


 壮絶な戦いの末、離反した神・クルテスと女神サレアルナが長い眠りにつくことになったのです。


「今は『世界』を支えることが僕らのお仕事なんだけど、それがもう限界に来てるんだよ。みんなで生み出した世界を、たった四人で支えるのは骨が折れるってことだね」

「限界……」


 エレメートは柔らかい表情でありつつ、瞳は悲しげに見えました。

 神の力が途絶えた瞬間、天使も精霊も消滅するのだと彼は言います。地上に与える恵みや魂の循環、時の流れさえもが止まり、大地は次第に崩れていくのだと。


 よどんだ空気の中、作物の育たない世界で起こるのは飢えやみにくい争いでしょうか。


「地の底のようだわ」


 エルネアのささやきを聞き、少女の脳裏にいくつもの恐ろしい場面が光の乱反射のようにひらめいて、眩暈めまいを起こしそうになりました。


「ミモルちゃん、大丈夫?」

「う、うん」


 よろけるその身をエルネアとフェロルが支えてくれ、その手は何よりも温かく感じられます。きっと彼らの存在こそが世界を支える手なのでしょう。


「……あの、エレメート様が私に味方して下さったのは、そのことがあったからなんですか?」


 唯一、初めからミモルの気持ちを汲んでくれたのがエレメートです。もし、世界の寿命が迫っているからなのだとしたら、彼の言葉はがらりと意味を変えてしまいます。


「全くなかったと言えば嘘になるかな。でも、そんな理由がなくたって僕はあの二人を自由にしてあげたいと思ったよ」


 ほころんだ口元を見て、エルネアとフェロルも微笑み返してくれます。期待を裏切らない回答が嬉しく感じられました。

 自分にはまだ沢山のものが残されていると信じることが出来たからです。

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