第33話 せかいの矛盾①

『聴こえるわ、沢山の悲鳴が。それに、充満する血の匂い……。お願い、争うのはもうやめて。だれか、誰か』


 リーセンの心に残る悲痛な声がミモルにも届きます。続いて聞こえてきたのは同じようで違う、低く冷静な別の声でした。


『あんたは何を望むの。助け? それとも救い?』


 リーセンは女神の助けを求める心と、そう望んではならない自分の立場との葛藤かっとうから生まれました。なんのしがらみもなく、本音を言える存在として。


「あの時、あんたがやるべきだったのは先陣を切って戦場に突っ込むことじゃなくて、サレアルナの傍に居てやることだったんじゃないの?」


 二人の会話から、シェンテが彼女の恋人であることは想像がつきました。

 今、彼はかつて愛した人の影と向き合っているのです。その言葉は誰のものよりも重みを伴って響くはずです。


「説教など聞くつもりはない。消されたいのなら望み通りにしてやるぞ」

「自分のものを取られることが我慢ならなくて、相手の意見も聞かずに拳を振り上げる。ほんっと、あの時と同じ。そりゃ、あんな結末になったのも当然だわ」

「言わせておけば……」


 背筋がぞっとしました。それはあくまでミモルだけの感覚であり、表で言葉を交わしているリーセンは意にも介さないようで、更に語気を強めます。


「ならやってご覧なさいよ。恋人の遺品なんて高尚こうしょうなものを気取るつもりもないけど。……そうね、残りカスってところ?」

「……っ」


 鋭い斬り合いのようなやり取りがぴたりと止みます。沈黙がリーセンの指摘を肯定しているも同然でした。


 それもシェンテだけでなく、ディアルもクロノも手出しをするつもりはないようです。彼らとて、かつての仲間をやすやすとほうむるほど冷たくはないのかもしれません。


『リーセン、すごい』

『何言ってんの、まだスタートラインにも立ってないわよ』

「それで?」


 矛先を変えたのは少年の姿をした時の神・クロノでした。げんなりしているらしい口調は、とっとと本題に入れといわんばかりです。

 少女は、大人びた微笑を浮かべます。これこそがリーセンの引き出したかったセリフなのだとミモルにも分かりました。


「要するに、私が言いたいのは半端者だからこそ見えるものもあるってこと。少なくとも、長い間こんな何もない場所に閉じこもって、箱庭を眺めて満足してるだけのアンタたちには絶対見えないものよ」


 攻守が逆転しているような感覚です。明らかに相手の方が強くてこちらには活路などないはずだったのが、いつの間にか全くの反対に変わってしまっています。


「へぇ、教えて貰おうじゃないか」


 簡単に消されてしまう存在だったはずなのに、その身にもう一つの魂が宿っていることでこんなにも戦局が変わってしまうなんて、ミモルは想像もしていませんでした。


 二人の魂は完全に重なり合っていて、どんな方法を用いてもがすことは不可能です。消滅させることを彼らが躊躇ためらっている間は、互いは対等と言えました。


『ほら、ちゃんと聞く耳を持たせたでしょ』

『う、うん。ありがとう』

『分かってると思うけど、こっちも「ネディエ達を解放しなきゃ死んでやる」なんて馬鹿げた手には出られないんだからね』

『大丈夫だよ。分かってるから』


 ミモルはしっかりと頷きました。自分だけの体ではありません。そんな方法で目的を遂げても誰も喜ばないことくらい承知しています。


「ならば、それを見せてもらおう」

「え……」


 気が付けばリーセンは舞台のそでへと下がり、ミモルは再び話し合いの場に押し出されていました。

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