第32話 かみがみとの対話②

「へぇ、じゃあ再封印は取り止めたの?」


 意外そうに問い直したのはエレメートです。どうやら彼が迎えにきてくれている間に、事態は変化したようでした。


「俺達だって、同じことを繰り返すなんて馬鹿な真似は望んではいないからな」


 少年姿のままのクロノが面倒臭げに言います。腕組みをして立っている様は子どもの仕草とは思えないにしても、ミモルにはやはり奇異に映る光景です。


「娘よ。我々はネディエと呼ばれる少女の魂を正常に戻し、悪魔の血を引く娘はこの管理下に置くと決定した」

「まって下さい!」


 ディアルの容赦ない言葉にミモルは慌てて反論しようとしたものの、彼は意にも留めずに続けました。


「エレメートはお前と同じ意見のようだが、これは我らが決めたこと。それでも会うことにしたのは、世のことわりくつがえした人間に対する敬意だ」


 まさに問答無用です。


「……あんたら、ほんと相変わらずね」

『!』


 空気を変えたのは、今の今まで絶句して立ち尽くしていた少女――いえ、そこにはもうすでに畏怖いふに引きつれた表情も、祈りの形に握りしめた拳もありません。


 腕組みをして偉そうな面々をめ上げる勝気な瞳があるだけです。ただ、彼らの薄れかけた興味を引き戻すには十分な効果がありました。


「何を驚いてるのよ。さっきからあたしの存在も感じていたくせに」

「リーセン……」


 名を呟いたのはシェンテです。その口調には明らかな狼狽ろうばいが含まれており、後ろに控えた天使達は動揺せざるを得ませんでした。長い間天に住んでいて、彼の顔色がこれほど変わる瞬間を見たことが無かったのです。


 突然のことに驚いているのはミモルも同じでした。心配そうに名前を呼ぶと、リーセンが「待ってなさい」と優しげにささやきます。


『このふざけた男どもに、聞く耳ってやつを持たせてみせるから』

「ディアル、人間の子どもの言うことなんてハナから聞く気ないっての? 『同じことを繰り返すつもりはない』なんて良く言えたもんね」

「なに?」


 冷静な痩身そうしん剣呑けんのんな気配が混じり、エルネアとフェロルは内心震え上がりました。


 知を司るといえど、彼も神のひとりです。本気でやりあえば一瞬で消されるのはこちらの方でしょう。リーセン自身感じつつも、その唇は滑らかさを失いません。


「そうやって、たった三人だけで何もかも決めて押し通そうとしてるうちは何も変わりゃしないわよ。そんな考えでよくも『神』だなんて名乗っていられるものね」

お前に何が分かる」


 ミモルは一瞬、リーセンの心が熱を帯びるのを感じました。これまで生きてきた気の遠くなるほどの時間が、彼女の脳裏を駆け巡ったのです。

 激情に駆られるかと思いきや、予想に反して唇からは冷笑があふれました。


「そうよ、あたしは半端なまがい物。誰かさんの馬鹿な真似のせいで生まれた、ね」

「何だと」


 言ったのは平常心を取り戻したシェンテです。狼狽はすでに消え、そこには明らかな怒りが浮かんでいます。


彼女サレアルナ愚弄ぐろうするのか」

「違う。あんた達のことよ。あの戦いでどれだけの犠牲が出たと思ってるの。大勢の命が死に、大地が失われた」

「そんなことは言われなくても分かってる」

「じゃあ、あの時一番苦しんだのがサレアルナだったことも?」

「!」


 リーセンの言う「あの戦い」をミモルも思い出していました。神代の時代に起こったとされる、女神を巡って神々が争った戦いのことです。

 彼女はかくまわれ、恋人の守る塀の中で消えていくともしびを想っては泣いていました。

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