第31話 半円状のとびら②

 真っ白な通路を行き交うのは先ほどの子ども達とは違い、エルネアやフェロルのような大人ばかり。

 のんびりとお喋りを楽しむ姿もあれば、荷物を抱えて先を急いでいる様子も見られました。無論、彼らの背にも当然のように真っ白な翼が生えています。


「これは……」


 一瞬でどこかの神殿か城か、いずれにしても他の神々の居場所へと近づいたことだけは分かりました。肌が泡立ちます。――感じるのです。エレメートと同じ気配がとても近くにあることを。


 それにしても、どれほどの距離をまばたきする間に移動したのでしょうか。ミモル自身、天へやってくる時に空間を飛び越えましたが、エルネアとフェロルのサポートなしには成し遂げられませんでした。


 それを同じ世界の中でとは言え易々とやってのける彼に、改めて人間の常識で測れる相手ではないと思わずにはいられません。


「まっすぐに向かわれるのですか?」

「あんまり待たせない方がいいよ。みんな気が長い方じゃないからね」


 エルネアの問いに、エレメートはすたすたと歩き出し笑い交じりに応えます。やはり彼らは知っていて、そして待っているのです。たった一人の少女の来訪を。



 エレメートに連れられるまま、ミモル達はしばらく歩き続けました。どこまでも伸びる廊下はぴかぴかに磨き上げられ、鏡のように4人の姿を映し出しています。


 等間隔に並んだ扉はどれも美しいつる状の彫刻が施され、中には沐浴もくよくする女性などといった芸術的なものもありました。


 それにしても長い廊下です。一体いつ辿り着くのでしょう。それでも、さすがに「まだですか」と聞くわけにもいかず、ミモルは黙々と歩みながら扉を数えていました。


 こうでもしていないと、様々な不安が頭を駆け巡ってしまい、辿り着くまでに心が疲弊ひへいしてしまいそうだったからです。そんな行為にも飽きてきた頃、ようやく風景に変化が現れました。


「ほら、見えてきた」


 まず、果てがあるのか怪しんだほどの長い廊下に、とうとう突き当りがあることを発見します。しかもどうやら白い壁ではなく、扉のようです。

 近寄ってみて、少女は思わず「あっ」と声を上げました。初めて見るはずの扉に見覚えがあったのです。


 射し込む優しい光で浮かび上がる陰影。上部が半円状に閉じられた形はまさに、エルネアやフェロルをび、力を解放する時にイメージするあの扉そのものでした。


「ただの想像だと思ってたのに……」

「ここは命の始まりを司る場所だからね。地上も動物も人間だってここから生まれた。だから、イメージとして刷り込まれているのかもしれないね」


 命の始まりの場所。世界がどのようにして創造されたのかなんて予想さえ出来ませんが、表現しようのない感慨かんがいが胸に広がります。


「心の準備は良い?」

「は、はい」


 そうでした。感動の余韻に浸っている暇などありません。これから命がけの戦いが始まるのです。


「みんなー、入るよー」


 エレメートが呑気そうな声をかけると、触れてもいないのに扉は開いていきました。さぞかし重々しい音を立てるだろうと思ったのに、そよとも鳴りません。

 壁や天井に囲まれた通路よりも明るいのが、れ出る光で分かりました。


「来たか」


 扉の動きに目を奪われていたミモルは、はっとして声の方向を探します。たった一言がやけに響く、低く静かな声でした。

 そこにエレメートやフェロルのような柔らかさはなく、かといって責めるでもありません。淡々と事実を告げただけのように感じられました。

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