第30話 柔和なひとみ①

「それから、時間を司るクロノ様。天と地上の全ての時を見守っている方よ」

「時を見守る?」

「時間が過去から現在、そして未来へと絶え間なく続いていくのはクロノ様の御力のおかげなのよ」


 時間が流れるのは当然のことであり過ぎて、それを監視する存在のことなど想像したこともありません。実感がわかず、首を捻っているとフェロルが「考えてみて下さい」と言いました。


「時が急に途切れたり、すでに過ぎ去ったはずの出来事が再び起こったり、遠い未来の何かが今に突然現れたらどうなるかを」


 起こった出来事がなかったことになり、これからやろうとしていることが前触れもなく終わり、死者が生き返ったりするのかもしれません。滅茶苦茶です。


 全ての事象には原因があって初めて結果が伴います。皆、それを前提にしているからこそ生きていけるのでしょう。


「時間の流れが乱されれば、その前提が崩れてしまうわ。人はいつ何が起こるか分からずに戸惑って、恐れて、心を壊すでしょうね」

「……大事なお仕事なんだね」

「ディアル様やシェンテ様の御役目も同じよ。世界の力のバランスを正しく保つこと、という意味ではね」

「知識も力も無くてはならないものですが、身を滅ぼす元にもなりますからね」


 知識は兵器を生み出し、力は争いを生みます。欲望に駆られた何者かがそれらを得れば、人はやがて滅びてしまうかもしれない。二人はそう言いたいのです。


「つまり、神様の仕事は人が破滅しないように見張ること……?」


 ミモルだって争いを望んでいるわけではありません。

 人の歴史は戦争の連続で、彼女が住むオキシア王国とて今でこそ長期間の平和を維持していますが、どこか遠い異国では衝突が絶えず起きていると聞きます。


「でも、やっぱり変だと思う」


 うまく言えないけれど、納得がいかない。だからこそ、こうやって危険を冒して天にまでやって来たのです。


 友人達を救うのが第一の目的なのは変わらなくとも、ミモルは別の想いも同時に抱えていました。ぐっと拳を握りしめ、一度した決意をもう一度胸に刻み直します。


「私は知りたい。その上でこれからを決めたい。自分の意思で」


 この世界の大気はきらきらと明るく、見下ろすと自分の影と出会いました。


「やっと、来てくれたね」


 びっくりして顔を上げると、先ほどまで確かにそこにはいなかったはずの人物が立っていました。柔和な瞳で微笑む緑の髪の青年は、「なかなか来ないから迎えに来ちゃったよ」と優しい声で言います。


『エレメート様!』


 エルネアとフェロルが同時に驚きの声を上げ、一歩後ろに下がりました。彼――エレメートは「そんなに驚かなくても」と苦笑し、すっとミモルの目線までかがみこみます。


 吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳が笑みの形に歪みます。白い服と同じ色の腰までのマントがひるがえるたび、ふわりとこちらの髪がなびきました。

 まるで彼自身が風であるかのようです。


「ずっと来るのを待っていたんだよ」

「えっ?」


 小さな天使達も歓迎ムードたっぷりの雰囲気でしたが、彼もまた言葉通り「待ちかねていた」と言わんばかりの態度で、ミモルは頭の中が疑問でいっぱいになってしまいました。


「エルネアもフェロルも、良く連れてきてくれたね」

「あ、あの……」

「それはどういう……」


 思わぬ労いに二人も戸惑うしかなく、言葉はひどく途切れがちです。エレメートは再び少女に微笑みかけると、「安心して」とささやきました。


「君の友達もあのおチビちゃんも元気にしているよ。もちろん、ヴィーラもね」

『!!』


 これが物騒な相手の言葉であったなら、脅迫に聞こえたでしょう。けれど、不思議と彼が口にすると、すんなり真実だと信じられました。

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