第29話 ひらかれた楽園②

「そろそろお客様が来るって聞いて、みんなで作りました」

「え?」

「はい!」


 差し出す少女の勢いに気圧けおされるように受け取ると、花のかんむりはほんのりと暖かく、歓迎の気持ちが胸にじんわりと広がります。


 それにしても、客の来訪を知っていたとはどういう意味でしょうか。この雰囲気からして、ネディエやヴィーラ、ジェイレイが連行されてきた件ではないように思えます。


「あなた達、誰からそれを聞いたの?」

「エレメート様です」


 エルネアが問うと、今度は別の子がはっきりと答えました。聞き覚えのない名にミモルが首を傾げると、パートナーがすかさず「天を治める方の一人よ」と補足してくれます。


 考えてみれば、勢いで飛び込んできてはみたものの、ミモルは天がどんな場所なのか何も知りません。


「さぁ、こっちです」


 子どもたちはどこかへ三人を案内しようとしましたが、このまま突入するわけにもいかないとも思いました。


「待って。行く前に色々聞いておきたいことがあるの」

「想像していた流れと違っているようですし……」

「そうね」


 エルネアは子ども達に、あとからすぐに行くから案内は必要ないという言づてだけを頼みました。彼らは一瞬顔を見合わせ、すぐに走っていってしまいます。


「凄くあっさり引き受けてくれたね」

「エルネアさんが、神々の信頼のあつい方だからですよ」

「そうなんだ……」


 やはりエルネアは重要な天使の一人のようです。本人は唇に薄く笑みを浮かべると、すぐさま真剣な表情に戻りました。


「あまりお待たせするわけにはいかないわ。エレメート様の神殿までの道すがら、ここについてつまんで説明するわね」

「うん。お願い」


 意気込んできた分拍子抜けした心地はあるものの、このままトントンとは進まないでしょう。必ず来る衝突の時に知識不足で足をすくわれないよう、ミモルも頷きました。


 踏みしめると緑の絨毯じゅうたんは柔らかく、歩く者をいたわるかのようです。空気は澄んでいて、薄く花の香りを含んで甘い気分にさせました。


「今、神様は何人いるの?」


 エルネアの先導で歩き始めたミモルが最初にした質問がこれでした。

 女神を巡る戦いの折、大昔に起こった神々の争いについての話の中で聞いた気もしますが、あの時は一度にたくさんのことがあり過ぎました。

 全て覚えているかと問われれば自信はありません。


「4人よ。正確には4柱と数えるのだけど、耳慣れないかしら」


 続けて、エルネアは彼ら――四神の詳しい説明をしてくれました。


「まずはディアル様ね。ありとあらゆる知識を司る神様で、私の生みの親でもあるわ」

「エルの……お父さん?」


 名前の響きから、なんとなく男性のような気がします。エルネアも「えぇ」と応えました。


「常に冷静で必要以上のことはおっしゃらない物静かなお方。あのアルトが仕えているのもディアル様よ」


 空間を操るほどの実力を持ちながら常に一歩引いた姿勢のアルトを思えば、ディアルがどのような人物かは容易に想像できます。


「次にシェンテ様。戦いを司り、天において最も強い力をお持ちのお方よ」

「戦いの神様……」


 人は争う時、戦いの神に勝利を祈ることがあると本で読んだ覚えがあります。それは何かを奪うためであったり、誰かを守るためであったりするのだけれど、行われるのは「戦い」で、互いに血を流し、力のない者が涙するのは同じです。


 ミモルは「ちょっと悲しい」と言いかけてやめました。フェロルがぽつりと、自分を生んだ存在であると呟いたからです。


「安心して下さい。時に厳しいことも仰いますが、ミモル様が想像されるような恐ろしい方ではありませんから」


 その声音は、エルネアがディアルについて語る時とは違った何かを含んでいるように思えました。

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