第28話 さむざむしい想い②

「何年、天使をやっているのかしら。寂しさは一人でいやせないものよ。呆れちゃうわね」

「でも、僕のこれは……」


 ただ寂しいのとは違うと、エルネアもミモルも感じています。根がとても深く、触れているところからこちらまで冷やされてしまいそうです。


「病気になったら、原因について考えるのも大事だけど、まずは暖かくしなきゃ」


 ミモルの声が触れたところから振動となって伝わりました。

 人は風邪をひいたら栄養のあるものを食べて眠ることで、病気に打ち勝つ活力を得ます。


「ちっとも足りていないみたいだから、私達で分けてあげないと。ね?」

「そうそう」


 冗談めかした言い方でしたが、フェロルは満足感を感じました。どこか懐かしい感覚に、きっと昔は自分にも「それ」があったのだろうと確信します。

 どうして失ってしまったのかは思い出せません。けれど、今は何も考えないで二人の声に耳を傾けていたい気分でした。


「おい、お前ら。俺のこと忘れてるだろ」


 途中から壁にもたれて見ていたスフレイが、しびれを切らしてとうとう話しかけてきます。呆れ顔の彼に、エルネアが見る相手をうっとりさせるような笑顔で応えました。


「あら、そんなつもりはないのよ。うらやましいのなら、一緒にどう?」

「あ、アホかっ!」

「スフレイはネディエが帰ってきたらやって貰いなよ」

「み、ミモルまで……。そろいも揃ってふざけたことを。俺は先に帰るからな!」


 そう言いおいて、出て行ってしまいます。その怒った様子がおかしくて、残された三人は目を合わせて笑いあうのでした。



 昨日までしていた生活の音が失われた村にも、変わらず今日の終わりを告げる夕日が訪れます。


「じゃあな。くたばるなよ」


 長く伸びた影と共に去ろうとして数歩進んだスフレイが、振り向きざまに短く言いました。ミモルは柔らかく微笑んで頷き、顔を引き締めてから軽く胸を叩きます。


「ネディエのことは任せてよ」

「あぁ。雇い主が戻ってこなきゃ、貰えるモンも貰えないからな」

「タダ働きになっちゃうもんね」


 茶化した会話ながらも互いに言いたいことは伝わりました。彼もそれきりきびすを返してさっさと行ってしまいます。背中が消えるまで見送ったあと、ミモルは振り返って二人に視線を向けました。


「あの夢の意味が分かったよ」


 『もう我慢できない』と激しくいきどおり、エルネアとフェロルの制止を振り切って何かをしようとしていた、あの夢です。


「あれは……誰の言葉にも耳を貸さずに突き進もうとする私の姿だったんだ」


 困ったご主人様だわ、とエルネアが苦笑します。


「一人で行くつもりだったのね?」

「僕たちがたもとを分かつと……そうお考えだったのですか?」

「だって、消されちゃうかもしれないんだよ」


 夢では大事なものを奪われた怒りで頭がいっぱいになり、これ以上誰も巻き込むまいと独走した自分。きっとあの先に待つのは恐ろしい結末だけです。


「怒りの火みたいなものはこの胸にあるよ」


 それは業火ごうかのごとく燃え盛るのではなく、青くほのかな火です。燃えるべき時に備えて、静かに身を潜めています。


「二人とも、本当に良いんだね?」

「ここで引き返すくらいなら、翼を引き千切ちぎった方がましよ」


 恐ろしいことをさらっと告げるエルネアに、ミモルが「やめてよ」と頬を膨らませました。その怒りをしずめたのはフェロルの言葉です。


「僕たちにも火がともされましたから」

「……じゃあ、行くよ」

「扉をイメージして」


 エルネアの言葉に従えば、暗闇の中に扉はすぐに現れました。彼女と初めて出会った時から何度も見た、重そうなあの扉です。

 その向こうに天使や神々の世界があることを知っていても、生きた人間が行くことは不可能だと思い込んできました。


 いえ、ともすればそれは真実で、くぐった瞬間に死んでしまうのかもしれません。恐怖を抱いたまま、ミモルは扉から溢れる光の中へと飛び込んでいきました。

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