第六章 自分の答えをもとめて

第27話 間違いでも正解でもなく①

「マスター」

「こうなっては仕方ない。必要に迫られれば、私は神とだって戦うさ」


 ふっと笑うネディエに、ヴィーラは静かに「お供します」と告げ、アルトに促されて結界内に踏み入ります。物騒な一言は側近も聞こえなかったふりをしてくれたらしく、とがめられることはありませんでした。


「おいおいマジか。お前らそれで良いのかよ!」


 全員が納得しかかっている空気にたった一人、スフレイだけはいきり立ちました。


「お前ら何、解決したみたいな顔してんだ。そこの人使いの荒い嬢ちゃんはいなくなった方が、そりゃ俺だってせいせいするけどな。曲がりなりにも雇い主なんだ。連れていかれちゃ困るんだよ」

「黙っていろ。これは私とヴィーラの問題だ」


 まくし立てる彼を止めたのは、他でもなくネディエ本人です。静かにじっと見つめ、言い含めるようにゆっくりと告げます。


「ルシアさんには事情を説明しておいてくれ。そうすればお前だって悪いようにはされないはずだ」

「ンだと、手前てめェ。馬鹿にしてんのか?」


 まるで子どもをさとすような言い方に、スフレイが怒りで顔を赤くします。それでもなお少女は態度を変えずに、最後にこう言いました。


「待ってろ。すぐ帰る」

「……」


 あまりにきっぱり宣言されてしまったせいか、彼はそれ以上何も言えなくなってしまいました。


「話はついた? じゃ、そういうことで」

「失礼致します。またお会いしましょう」


 ドライなムイのセリフを期に、アルトが耳慣れない言葉を二三呟きます。

 すると結界の内側が光に包まれ始め、カッと一際強く輝いたと思ったら、5人の姿は跡形もなく消え去っていました。顔を背け、壁に向かってスフレイが毒づきます。


「……馬鹿野郎が」



 湯気が途絶えて久しい、飲みかけのカップが寒々しく並んでいます。ミモルは長い間、ネディエ達のいた空間を眺めてぼんやりと立ち尽くしていました。

 様々に入り混じる感情の整理をしているのだと思ったエルネアとフェロルは黙って見守り、スフレイもあえてすぐに何かしようとはしませんでした。


「……何が正しい選択だったのかな。間違ってたとは思えない。思いたくないだけなのかもしれないけど」


 ネディエは命をかけて自分の信じるものを守ろうとしました。その必死な思いに、ムイは使命との板挟みの間で出来るぎりぎりの譲歩をしてくれたのでしょう。

 そう言うと、苛立ちの収まらない男が噛みつきます。


「あれのどこが慈悲深いってんだよ!」

「誰にも破れない結界を作れてしまえる力の持ち主だよ。本当に任務を第一にするなら、魂を無理にでも引き抜いて分離すればいいだけの話だったはずだもの」


 ネディエを傷付けたくはないけれど、アレイズの魂は持って帰らなければならなりません。エルネアが言います。


「あの二人には、私達に命令する権限だってあったの。ジェイレイのこともそう。あそこでミモルちゃんが抵抗していたら、交渉は完全に決裂して、今頃は……」

「……くそっ」


 ミモルはふと、もし自分が『ジェイレイを守って』と二人に頼んだらどうなっていただろうかと想像しました。

 エルネアは神の使い達に迷いなく襲い掛かったでしょう。立ち向かっていく背中が、主に見せる最後の姿だと理解していてもです。


 フェロルは両方を説得する道を選ぶような気がしました。

 思考は何度繰り返しても同じところに帰結します。――やはり選択は間違ってはいなかったのだという結論に。

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