第26話 少女のせんたく①

「きっとその時から、結末を予測していたのよ」


 どれだけ隠しても居場所はあばかれ、遠からず組織は崩壊します。

 罠にはまっても回避しても同じところに帰結する未来が見えた瞬間、アレイズは舞台を降りる決意をしました。


「あいつが最後に望んだのは、仲間の無事とヴィーラの笑顔と……還ること」


 ネディエの顔には玉の汗が浮かび、体力はじょじょに失われつつあるようでしたが、抵抗の姿勢に変わりはありません。


「アレイズの魂はあるべき場所に帰ってきたんだ」


 絶望から目的を見出し、多くのものを犠牲してきた男が辿り着いた場所は、かつてのパートナーの隣です。そのヴィーラが泣きそうな顔で見つめています。

 ネディエはもう一人の自分が心を痛めているのを痛烈に感じました。


「やっと得られた安息を、誰にも奪わせるものか……!」

「だから何? 前はあんたのものだったかもしれない。でも、今は違う。それだけの話よ」


 ムイの声はこれ以上ないくらいに低く、冷たいものです。全ての感情を押し殺し、任務遂行のみを念頭に置こうとしているようでした。


「どう言いつくろったところで、あんたが第二のアレイズになる可能性を残すわけにはいかない」


 取り込んだ魂には、一人の人間の肉体という器を除いた「全て」が詰まっています。思考や感情、経験といった膨大な量の情報の塊です。


 本人がいくら否定しようとも、いずれその思想に飲み込まれないという保証はどこにもありません。神の側近が反逆の芽を見逃すことなど有り得ないのです。

 今度はネディエの方が首を振りました。


「引き裂けば、その記憶は魂に深く刻み込まれることになる」


 ひとは、どんなに上から白く塗りつぶそうとしても、辛い出来事を強く心に留めるものです。少女は苦々しげに呟きました。同じことを繰り返したくないなら、ここで断ち切るべきなんだ、と。


「魂が安寧を求めているのを、痛いほど感じる……」


 彼の願いを叶えてやれるのが自分だけで、そのタイミングが今しかないことを解っているからこそ、一歩たりとも引けませんでした。


「……」


 強い意志を持った瞳と瞳がぶつかります。けれど数秒後、それまで力がこもっていた手がすっと抜かれました。

 突然苦しみから解放されたネディエがいぶかしげに見上げると、怒りや焦りを通り越した顔でムイがため息を付くところでした。


「……?」

「勘違いしないで。情にほだされたとかじゃないから。……アルト!」


 彼女が同僚の名を呼ぶと、意図を読んだ相手も頷き、「仕方がありません」と応じます。


「これより先は私達では判断しかねます。貴女を連行し、上の指示を仰ぎます」

「待って下さい!」


 血の気の引ききった顔でヴィーラが叫びました。


「マスターを、ネディエ様を天に連れていくということですか!?」

「安心して下さい。貴女にもご同行願いますので」

「そういうことを言っているのではありません!」


 天の世界がどんなところかは想像する他ありません。一つだけはっきりしていることは、天に属する者と地上で肉体を失った者以外は入れないという原則です。


 まさかネディエを殺そうなどとは考えていないにしても、その原則を曲げてまで連れていこうというのです。ヴィーラが驚くのも当然でしょう。


「それと、そこのおチビさんもね」


 ムイが言い、全員の視線がジェイレイに集中します。本人も自分のことだとすぐに悟り、怯えた瞳でミモルにぎゅっと抱き着きました。

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