第25話 還るばしょ①

 話は少し前にさかのぼります。

 ムイは、ミモル達にアレイズの家で休んでいるよう告げると、アルトと共に騒ぎを収拾するため、てきぱきと天使達に指示を出し始めました。


「さぁさぁ、愚図々々ぐずぐず言う奴は端からぶっ飛ばすわよ!」


 鋭いげきが飛びます。アレイズの協力者だった天使は容赦なく天へと送還され、人間は結界の外に放り出されました。その際、能力の一切を剥奪はくだつされて。


 天への不満を申し立てようと集まっていた彼らでしたが、目的の途中で目論見もくろみ露見ろけんし、中心人物たるアレイズまでが居なくなった以上、何の抵抗が出来るわけもないと承知していました。


「身を引き裂かれるほどの重い罰だとお思いでしょうが、神々は命をお救い下さると仰っておられます」


 死よりも深い苦しみを覚悟していた者達ですが、アルトの静かな説得が功を奏し、あらがいと呼べるものすら起こりませんでした。長い時間、妄執もうしゅうに身を預けていた分、燃え尽きてしまったのかもしれません。


 彼らから聞き出した通りの場所には、新たにさらわれてきた者達が軟禁されていました。そんな哀れな被害者たちも解放すると、あっという間に村は空っぽになったのでした。


「他に方法はなかったの?」


 ミモルはやるせない気持ちで胸がいっぱいです。

 仕方ないのは解っていました。二人は主の命令を忠実に遂行しただけで、暴力を振るったわけでもありません。それでも問わずにはいられませんでした。


 ……まただ。


 また悲劇が生まれてしまいました。それも今度は自分の目の前でです。

 巻き込まれた身とはいえ、ミモルは事件の渦中にいたにも関わらず何も出来なかったことが悔しくて、ぐっと唇を噛みしめます。


「これじゃまた同じことが繰り返されるだけだよ」


 今回の事件はボヤ騒ぎのようなものでした。燃え盛る前に火を消したように見えて、影でたくさんの種火をまき散らしたのだと少女は訴えます。


「なら、あいつらの要求を呑めっていうわけ?」


 ムイはため息をついて、面倒なことをを言わせるなという瞳で返します。


「それは……」


 それこそ出来るわけもありません。沈黙をと受け取った彼女はアルトの淹れてくれた紅茶をやや乱暴な仕草で飲みました。


「じゃあこの話はここまで。次の仕事をさせて貰うわよ」

「次の仕事……?」


 他にどんな用事があるというのでしょうか。聞く間もなく、神の使いは音を立てて席を立ち、ネディエの前に素早く歩み出ます。一切の迷いを持たない足取りでした。

 アルトが、黒髪を揺らしながら静かに告げます。


「不要な魂を回収致します」

「なっ……」


 静止するタイミングもなく、突き出されたムイアの腕がネディエを貫きました。がたん、と椅子が後ろに倒れます。少女は自分の胸元から伸びる白いそれを、これ以上ないくらいに見開いた瞳で見つめています。


「ネディエ!?」


 不思議なことに血は一滴も落ちて来ず、腕が埋まった断面は湖のように波打つのみ。物理的に傷を負わせる行為ではないということなのでしょうが、見る者を蒼ざめさせるだけの恐ろしさは十分にありました。


「やめ……ろ」


 たとえ怪我をさせるつもりがなくとも、ネディエの歪んだ表情からは苦しみが伝わってきます。異物が侵入する感覚が、ぞわぞわと全身を駆け巡っているのです。


「見つけた」


 腕を小刻みに動かしていたムイが呟き、動きを止めました。何を指すかは明白です。


 ネディエに吸い込まれたアレイズの魂は、天界にとっては破棄はきすべき諸悪の根源。誰かに取り込まれたからといって諦めるはずもありません。

 しかし、掴んで引き抜こうとしたムイは小さく舌打ちします。


「融合がこんなに進んでるなんて」

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