第24話 魂のゆくすえ②

 忘れなかったのはヴィーラとの楽しかった日々と、己の存在理由だけ。でも、それだけあれば彼には十分でした。


「そのうち、周囲に暗示をかけられるようになった。本能的に、自然に」


 時に二人が一人に見え、一人が二人に見える。不自然を誰も疑いません。だから本人さえも暗示にかかって、生きていました。


「悲しい……悲しいよ」


 ミモルは涙がにじんだ瞳で、ノドの奥から声を絞り出します。


「そうまでして、ヴィーラを、天使を解放したかったのなら……なんであっさり死んじゃうの? おかしいよ」


 今なら分かることがあります。彼は自ら死を選び、ヴィーラに刺させたのだと。けれど、切れ切れになっていく自我が完全に崩壊してしまう前に死にたかった、とでも言うのでしょうか?


「僕も疑問に感じます」


 フェロルが呟きました。


「そうまでして、数百年もかけて準備してきた計画でしょう。そもそもヴィーラさんを呼び寄せたことだって、発見されるリスクが高まるだけで何のメリットも見出せませんし」


 来たるべき争いへの戦力とするためとは思い辛い状況です。ヴィーラは彼にとって最も救いたかった相手なのですから。


「願いが成就する瞬間だったなら理解できます。長年の夢が叶うところをヴィーラさんに見てもらいたかったというのならば」


 だとすれば、タイミングが早過ぎます。エルネアが言いました。


「……まるで、見つけて欲しかったみたいね」


 止めて欲しかったわけでもないはずです。最期の瞬間、彼の瞳に浮かんでいたのは諦めではありませんでした。最大の望みには届かずとも、十分の満足を得た人間の目をしていたのです。


 彼の夢はまるで砂の城のよう。

 緻密ちみつに作り上げたそれを本物の城に変えることは出来なかったけれど、崩れる前に誰かに見てもらうことを願う、一夜きりの夢のようでした。



 ちょうどネディエの話に一区切りが付いた頃、ムイとアルトが室内に入ってきました。


「あ~、疲れた。こっちにも一杯ちょーだい」


 そう言って、空いた椅子にムイがどっかりと腰を下ろします。対照的に疲労の色が見えないアルトは同僚の要望を聞き入れ、ティーセットを手に取りました。


 白い陶器に入れられた湯はまだ温度を保っているようで、消え入りそうであった湯気が再びふわりと立ちのぼります。


 客人にお茶をれさせるわけにはいかないとヴィーラが慌てて立ち上がり、彼女にも座るよう声をかけると、つやのある長い黒髪を揺らして首を振られました。


「お茶を淹れる瞬間は心が休まりますので。お気遣いありがとうございます」

「……そうですか」


 ふと、ミモルは誰もが気付いていながらえて目をらしていたことに改めて思いを巡らしました。やけに静かすぎることにです。

 事件の当事者や被害者という区分さえ曖昧あいまいな者達はどうなったのか、実はとても気になっていました。


 これまで、屋内でネディエの――アレイズの話を聞いている間、外からは何の喧噪けんそうも聞こえてはきませんでした。極めて不自然です。もっとガヤガヤと……物騒な音や声が聞こえてきて当然なの状況だったのですから。


「……何よ」


 視線はおのずとムイに集まりました。本人もそれを察していて、テーブルに頬杖をついています。彼女の性格からして、面倒な質疑しつぎは避けたいのでしょう。

 だからといって、放置出来るはずもありません。


「ムイ、あの人達をどうしたの?」

しかるべき処罰を与えた」


 息を呑む音を立てたのは何人だったのでしょう。彼女も疲れた顔で静かに続けました。


「分かってるでしょ、それがこっちの仕事なの」

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