第23話 最初のいけにえ②

 二人の心はつながっているはずなのに、会話は一向にみ合いません。ヴィーラは恐ろしい思想に傾倒していく主を止められず、長い間苦悩し続けました。


「誰かに相談すれば、アレイズ様は罰せられ、私も天へ連れ戻されたでしょう。それは嫌だったのです」


 細い細い針の穴に糸を通すような緊張を強いられた後に、やっとの思いで掴んだ慎ましくも安息の時間。何も出来なくても、せめて最期までそばにいたかったのです。


「でも、それは間違った選択だったかもしれません。あの時、手段を選ばず止めていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのですから」


 今更、たとえ話をしたところで無意味だと解っていても、思わずにはいられません。

 沈黙が訪れかけ、ミモルが「それで」と続きを促しました。今は静かに思考を巡らせる時ではないからです。友人は頷き、続きを語り出します。


「奴は自分ひとりの奮闘では足りないと認めざるを得なかった」


 当然でしょう。天とたった一人で渡りあおうなどという思考は、勇敢ではなく単なる無茶無謀の行いです。


「だから、組織作りを始めたんだ」


 いきなり誰かを抱き込もうとしても、反発され、追われるのが落ちです。それを予測したアレイズは、各地をまわって種をくことから始めました。


 契約者を探して知り合い、楽しい会話の隙間に天界の良からぬ噂を織り込んで不信感を植え付けます。種が胸の中で芽吹き、心に根を張り、いつか大樹へと成長する日を待つために。


「自分でも反吐へどが出るような行為だと思っていたようだ。何も知らず平和に暮らしている人間に、無用の不安を与えているのだから」


 何度も止めようと思い、その度に見上げたのは、戦いを共に潜り抜けたパートナーの顔です。

 ここで止めたら苦しむ天使をまた生み出すことになると、決意を新たにするのでした。その行為こそが、彼女を苦しめていることから目を背けながら。


「そんなのタテマエじゃねぇの? 『呑気に平和ヅラしやがって』ってことだろ」


 スフレイがあさけり、ネディエも「否定は出来ない」と返します。


「あとは、種が芽を出し、十分に育ったと思える者達を同志として集めることで、数を増やしていく。……それでも目標には遠く及ばなかった」


 女神の血を引く者は、その運命ゆえに強い意志を持ち、天使に導かれるゆえに善良な心を持ちます。彼らを仲間に引き込むのは容易ではありません。

 大っぴらにも出来ず、アレイズは再び壁が立ちはだかるのを感じました。


『こんな調子じゃ、達するのはいつになるか。くそっ、どうしたら……!』


 アレイズもその頃にはすでに青年期をまわっており、若い時間は減っていく一方です。数十年かけて集団を大きくしたとしても、その時に老いていては話になりません。

 彼はあまりに短かすぎる人生を嘆きました。


「しかし、強大な壁は逆に新しいひらめきをも奴に与えることになる」

「ひらめき?」

「根本から計画を見直すことにし、結果、次代へ引継ごうと考えたんだ。……それも何世代にも渡って」


 作った集団を組織化し、仲間を増やしながら受け継いでいく計画です。


「そんな無茶な」


 フェロルの呟きが、話を聞く全員の意思を代弁します。

 人間の寿命は長くて数十年です。数百年も一つの思想を変容させずに、それもひそかに持ち続けようなどとは、それこそ無謀な行いです。


「仮にも天を引っ繰り返そうなんて話だ。数世代先の世まで伝わるか、それとも自然と時代の波に呑まれて消え去るか、はたまた見つかって潰されるか。アレイズにとっても壮大な博打ばくちだった」


 呆気あっけに取られていたミモルが待ったをかけます。


「それじゃあアレイズ自身は目的を達せないよ。どうなかったか見届けられないじゃない」

「……そのために、奴は自分の身を最初の生贄いけにえにしたんだ」

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