第23話 最初のいけにえ①

「確かにあれは魂の光だったけど、そんなはず……」


 エルネアが渋々ながら認めたことであの青い光がアレイズの魂であることは理解しました。でも、「本来の持ち主」とはどういう意味なのでしょう。

 ヴィーラのそんな驚くべき言葉にも、ネディエはさして態度を崩しません。皆が質問攻めにしたい気持ちを抑えて、話してくれるのをじっと待ちました。


「ヴィーラを召喚したばかりの頃のアレイズは、ちょっと勝ち気で、でも根は素直な普通の少年だったようだ」


 美しく優しいパートナーを姉のようにしたい、二人は本当の姉弟みたいに仲良く過ごしていました。日々は澄んだ川のように輝いていて、あっという間に流れていきます。


 ある日、そんな二人を何の前触れもなく恐怖が襲いました。エルネアも参加したといわれる、突如現れた悪魔との戦いです。

 繰り返される命のやり取り。何人もの犠牲者が出たであろう辛い現実……。


「アレイズ様はお優しい方でした。これ以上誰かが血を流すところを見ていられないと、渦中に身を投じていかれたのです」


 話に聞く限り、その境遇はネディエに似ているようでした。悪夢の訪れの当事者でない、巻き込まれた被害者。数百年前の少年もその一人だったのです。

 そして、そんな極限状態が教えてくれたのは、魂をすり減らしてでも自分に尽くしてくれるパートナーの痛ましいまでの献身でした。


「奴はかつての戦いの中で、天への疑惑を深くしていった。どれだけ足掻あがいても報われない仕組みへのやり切れなさが、どんどんつのっていったんだ」

『どうして神々は自らの手でなんとかしようとしないのか』


 血が幾度となく流れ、見知った者もそうでない者も次々に倒れていきます。


『世界を形作るほどの力があれば、こんな悲劇を生み出さずに済むはずなのに……!』


 無さは痛みとなってネディエをさいなみます。魂を引き受けてしまったせいで、まるで自分が体験したように感じるのでしょう。


 やがて、数えるのも馬鹿らしくなるほどの血や涙を流す日々の果てに、彼は知りました。悪魔が、薄い氷一枚をへだてただけの存在だという事実を。


『悪魔が、神に背いて見捨てられた天使だったっていうのか? なんだよそれは。全部ぜんぶ、奴らのせいってことじゃないか!』


 失望は深く、心のどこかに残っていた最後の糸をぷつりと絶ってしまいました。


「幾らもしないうちに悪魔は倒されたが、アレイズの気持ちは暗いままだったようだ」


 共通の敵がいなくなり、仲間達は故郷へと去っていきます。とある少女は元の日常に戻る道を選び、とある少年は禁を犯したために孤独な運命へと落ちました。

 そして、今まで闇に包まれていたもう一人の人間の行く末は。


「彼は、何をしたの」

「……天使を神の支配下から解き放つ方法を探し始めたんだ」


 彼の心の声が、ネディエの口を通して語られます。


『奴らは必死に足掻いてる俺達を見下ろして笑ってるんだ。簡単に殺されたら面白くないからって天使を付けて、これで勝負が少しはマシになるだろうって!』


 当時の彼らには、天使を召喚する仕組みの「そもそも」など知りようもない話でした。知ったとしても、女神を巡る悲しい物語が救いになったかは疑問ですが、それゆえに彼の中ではこれが「事実」となったのです。


 快活だった少年は、創造主を呪いました。人間も天使も悪魔も、神々の前ではゲームのこまでしかないのだと思い込んで。


「私の言葉は届きませんでした。そんなはずはない、天は地上を見守り、助けるために私達を遣わしたのだと伝えても、優しく微笑むだけで……」

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