第22話 魂のひかり②

「違います!」


 胸の奥から吐き出されるような、悲痛な声が場を貫きます。はっとしてヴィーラを見れば、今なお溢れ続ける涙を拭うところでした。


「お前、意識が戻ったのか?」


 ネディエが顔を覗き込むと、彼女はそっと頷きました。もしかすると、少し前から呪縛が解けていたのかもしれません。でも、タイミングは最悪でした。

 記憶を失っていた間のことを覚えていたにしても、そうでないにしても、目の前に広がる現実は彼女の心を容赦なく突き刺したに違いないのです。


 きっと、自分でも気持ちの整理が付かないのだろうとミモル達は思いました。しかし、再び上げた瞳には予想に反して別の意思が宿っていました。


「アレイズ様は、皆さんを騙そうとしたわけではないのです」

「お前は何を言ってるんだ?」


 やけにきっぱりと断言する口調です。ネディエが面喰めんくらいながらと問いかけると、ヴィーラはすっと手を上げました。


「……あれを」


 差された指の先には、未だ青く光り続けるアレイズの亡骸なきがらが横たわっています。その輝きはどんどんと増し、直視するのも苦しいほどになっていきました。


 亡骸が光る様は、まるでこの世を去った首謀者が死んだあとになって何かを告げようとしているかのようでした。


「おいおい、これ以上何が起きるってんだ?」

「おかしいわ。魂が上がって来ない」


 フェロルが、普通なら肉体から魂が離れるはずなのだと教えてくれます。

 その話なら前にエルネアから聞いた覚えがありました。天使はそうやって浮き上がった魂を天へと導くことが、大事な使命の一つなのだと。


「じゃあ、まだ死んでないってこと?」


 口にしながら、同時に違うとも感じています。自ら敷いた赤い絨毯じゅうたんの上に伏すそれが、すでに肉の塊に過ぎないことは誰の目にもはっきりしているからです。

 だからこそ、おかしい。そう思った瞬間、光が弾けました。


『!!』


 眼球を焼きそうな光量に思わず目を背けた時、少女の短い悲鳴が聞こえ、辺りは一気に夜の暗さを取り戻しました。


「……?」


 今のはなんだったのでしょう? それに叫びは?

 ショックで失われてしまった光をミモルが再び呼び戻し、辺りを照らすと、親友がパートナーの腕の中でぐったりしているのが目に入りました。


「ネディエ!?」

「……あぁ」


 急いで駆けつけて顔を覗き込むと、かろうじて意識は保っています。うっすら目蓋を開いたまま、肩で荒く息をしていました。


「何があったの?」


 彼女は己の胸のあたりをぐっと掴んで低くうめくと、苦しさにどこか憂いを乗せた表情で呟きます。


「あの光が、私の中に……」



 夜もすっかり明け、日が赤から白へと変わりつつありました。


「んで、どういうことなんだよ?」


 唯一残ったミモル達は、ひとまずアレイズの家の客間に集まっていました。

 事態を治めるまで残っていろとムイに言われたせいもありますが、何の謎も解明されないまま日常に戻る気になど、到底なれなかったためでもあります。


「……」


 椅子に座ってしばらくはまだ辛そうだったネディエの表情が和らぐと、昨日と同じようにヴィーラがお茶を運んできてくれました。

 違いは彼女のしっかりとした顔付きと、家の主人の不在だけです。


「ネディエ、聞いてもいい?」

「……あの時、光が体の中に飛び込んだのを感じた瞬間、アレイズの記憶が強烈な勢いで流れ込んできた」


 一気に押し寄せる光の洪水は、まるで激流に飲み込まれた時のよう。入ってくる情報を受け止めきれず、世界がぐるぐると回り、全身が悲鳴を上げました。


「あれはアレイズ様の魂です。あの肉体に留まろうとする意識が消えたため、本来の持ち主に引き寄せられたのです」

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