第五章 明かされるかなしみ

第22話 魂のひかり①

『私が刺されていたら、ああなっていたんだ』


 あのナイフはつい先ほど、ミモルを襲うために使われたものの可能性が高いでしょう。事件の後、ヴィーラが抜けがらのようになってしまったせいもあって、慌ただしい中、凶器を取り上げるのを忘れてしまったのです。


 目蓋まぶたを閉じても浮かんできてしまう姿は、「あり得た自分」そのものでした。


「やられたわね」

「これは予想外と言わざるを得ません」


 存外、神の使い達の口調は冷めています。そこには与えられた任務を遂行不能になったことへの悔しさはあっても、焦燥は感じられません。もう「焦る必要がない」のです。


「申し訳ありません。申し訳ありません……」

「もう良い」


 ヴィーラの謝罪は細々と続き、ショックから我に返ったネディエが腕を掴んでさとしました。確かにそれで声は消えましたが、ミモルには心の中では謝り続けているように思えました。


「……」


 沈黙が流れます。

 場に居合わせた者達は、事件の呆気あっけない幕切れに戸惑う者と、考えを巡らせる者とに分かれ、前者は誰かが次の言葉を発するのを待ち続ける心地でした。


 そんな沈んだ空気の中、周囲をうかがいたくとも踏ん切りが付かなかったミモルの顔を上げさせたのは、他でもなくエルネアでした。


「見て!」


 声に弾かれて目線を彷徨さまよわせ、二度と見たくない「あの光景」があった場所で焦点が定まります。

 そこには力なく横たわる青年の、真っ赤に染まった背中があるはずでした。


「え……?」


 体はあります。けれど、その色は強烈に死を主張する赤ではなく、ほのかに光る青で――。


「申し訳ありません。……アレイズ様」

「アレイズだぁ?」


 再度口を開いたヴィーラがぽつりとこぼした呟きは皆に伝わりました。実際に発したのはスフレイだったものの、ミモル達とて衝撃を受けなかったわけではありません。ただ、種類が少しばかり違いました。


「やっぱり、そうだったのね」

「様々な疑問は残りますが、そう考えるのが一番しっくりくるでしょう」

「どういうことだ?」


 勝手に話を進めてしまいそうな雰囲気のエルネアとフェロルに、ネディエが怪訝けげんそうな顔を向けます。スフレイも「お前らばっか納得してんじゃねぇ」と露骨に不機嫌を表します。


「アンタ達が昼間会った女と、コイツが同一人物だったってことよ」


 面倒な手間をかけさせるなと言わんばかりに、ムイが髪をかき上げます。

 謎の青年と良く似た色のそれがふわりと揺れて降りる様は、一つのインスピレーションを二人に抱かせました。


「あ……」


 ヴィーラを助けてくれた女性は、一体どこへ行ってしまったのでしょう。これだけの騒ぎが起きて姿を現さないのはあまりに不自然です。


「どうしてすぐに気が付かなかったのかな」


 そもそも夜襲があった時点で、誰かが起こしに走ってもおかしくはありませんでした。関係ない人間が巻き込まれないよう配慮すべきだったのに、ただの一人として口に上らせませんでした。


 意識を向け始めた途端、疑惑がむくむくと膨らみ始めます。

 こうした状況の中で思い返せば、記憶が戻りかけて苦しむヴィーラを庇った彼女のあの行動さえ、単なる優しさや親切心からとは思えなくなってきます。


「おいおい、こりゃあ、どういうことだよ……?」


 誰もが同じ感覚に襲われていることを、スフレイの言葉が示しています。

 脳裏では、心の奥が見通せない目をした女性と、本当の目的を明かす前に事切れた男性の影が、ぴたりと重なり一つになりました。

 ……こんなにも似ていたのに気づかなかったなんて。


「命が失われ、暗示もまた途切れたのでしょう」


 淡々と説明してくれたアルトの言葉通りなら、疑問に思わないよう惑わされていたことになります。初めからだますつもりだったと知り、ミモルは唇を噛みしめました。

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