第20話 おそろしい誘い①

「……」


 ミモルはどう答えれば良いのか分かりませんでした。一度強く打った鼓動の音は、止むどころかどんどん大きくなっています。


「……わたしは」


 エルネアがそれで良いと言うから、自分も承諾しょうだくする?

 フェロルが神の意のままにと微笑むから、飲み込んで首を縦に振る?


 どう考えたって出来ないよ。


 これまで出会ってきた者は全て、傷つき、泣いて、いきどおって。幸せになりたかった。誰もが、ただそれだけのために痛みを抱え、苦しんでいました。


「馬鹿なことを言わないで」


 そんなミモルをなおも強く庇い、エルネアが詰め寄ります。


「天使を狩るあなたこそ、この世の害悪だわ。何度も私達を襲わせておいて、今度はどんな罠を仕掛けてるの?」


 目の前の青年が誰だったとしても、たとえエルネアのかつての仲間だったのだとしても、今は敵です。彼女の態度はその一点において揺らぐことはありません。

 華奢きゃしゃとも言えるその肩を、頼もしく感じられるのはそのためです。


「随分な思い違いをしているみたいだから言っておくけど、俺は天使を殺させる指示を出したことは一度もない」

「おいおい、じゃああのうわさはなんだってんだ? 天使を捕まえて売り飛ばすとか、主人を殺しちまうってのは」


 からかう口調で挟んだのはスフレイで、「ぜひご高説賜ろうじゃねぇか」と付け加えました。


「まだ気づかないんだ?」


 ぱちん、と指が鳴りました。

 すると、先ほどまで何もなかったはずの空間に、突然いくつもの気配が生まれます。それも一つや二つじゃなく、数えられないほどの多さです。


 びっくりして外へ飛び出すと、家を何者かが取り囲んでいました。村人達です。やはり罠だったのでしょうか。

 うつろな瞳のヴィーラを連れ、これだけの数の人間を傷つけずに倒して逃げ出すのは、かなり難しそうに思えました。


「待って、違うわ。彼らを良く見て!」

「えっ?」


 ミモルには、清潔せいけつそうな身なりをした村人達に見えました。目をらせば、その中には道を教えてくれた人もいます。

 が、それも数秒の間だけで、すぐに違和感に気が付きました。


「これで分かった? 俺は天使を売りとばしたりしていないし、主人を殺させてもいない。だって――彼らはここにいるのだからね」


 そうだ。この感じ……エルやフェロルと同じだ。


 最後に急ぎもせず家から出てきた青年のセリフを、目の前の光景が証明しています。狩人かりうどに狩られた者達は、殺されたわけでも金持ちの手に渡ったわけでもありません。この村に集められていたのです。


 足の裏が地面に張り付いてしまったみたいでした。動きたくても動けず、どう動いていいかさえ分かりません。


「天をひっくり返してやりたいって考えたのは、俺だけじゃないってことさ」

「あ……ありえないわ、こんなこと!」


 にやりと笑う青年に、エルネアが声を絞り出します。

 集まってきた者達の手には何も握られてはいません。こちらをおそうつもりはないのでしょうか。


 ただし、本当に天使が混ざっているなら、素手でも十分に戦えるはずです。

 一瞬、操られているのかもしれないとも思いましたが、彼らの眼差まなざしは意思あるものの輝きを放っています。


「何をしているか解っていて、ここにいるんだ」


 ネディエの声は掠れ、全員に、とても恐ろしい光景を見ているという自覚がありました。彼らは神に、創造主に刃向おうとしています。それが死より重い罰への道だと知った上で。

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