第19話 心のうつろ①
「どうして!?」
やっと硬直から解き放たれたネディエが、力なく下がったヴィーラの肩を掴んで激しく揺さぶります。
「……」
ナイフを取り上げられても抵抗の素振りはなく、返事もありません。暖かな光を宿していたはずの両目も、今はくすんで見えました。
「待って。この症状は……」
「エル、分かるの?」
ミモルの問いに、辛そうな表情のエルネアに代わって、フェロルが静かに答えます。
「僕達が人を傷つける理由なんて、二つしかありません。一つは主が危険に
シュウォールドで
嫌な予感を抱えながらも言わずに済ませるわけにいかず、ミモルが「もう、ひとつは?」と先を促しました。
「……主に命じられた時です」
「馬鹿な!」
沈黙が降りる中、ヴィーラは昼間の時と同じように
「あ、うぅ」
「しっかりしろ!」
『やっぱり駄目か』
響いてきた声は、低く、どこか冷めて聞こえました。
「おいで」
ミモルはベッドの隅で身を固くしているジェイレイを見つけ、抱き寄せます。突然の出来事に声も出ないのか、無言のまま震えていました。
『それがあの悪魔だったものか。もっと使えるかと思ったけど、見る影もないな』
悪魔、という言葉に幼子がびくりと反応します。記憶はなくても、体が覚えているのかもしれません。
『せっかく起こしてやった恩も、すっかり忘れてさ』
「あなた誰なの!?」
エルネアが鋭く問いかけるも、扉に人の影はありません。そもそもそこから聞こえてきたのでもない気もしました。ただ、ひやりとした空気が流れ込んできただけです。
もっともドアに近い位置に立っていたスフレイが外を注意深く覗くも、返ってきたのは「誰もいないぜ」という返事でした。
『まったく。放っておいてくれれば、お互いこんな苦労せずに済んだってのに』
耳にした限りでは若い青年でしょうか。まるで上から降ってくるみたいです。でも、天井の向こうは未だ暗い空があるばかりのはずですし、屋根から喋りかけているならこんなにハッキリと聞こえるわけもありません。
リーセンが『こりゃ、フツーの人間の仕業じゃないかもね』と言います。ミモルは食ってかかりました。
「ヴィーラに何をしたの?」
『ほんと運がいいね。あれだけ襲われて生きてるなんて』
「質問に答えて!」
あちこち巡って、ようやく真相に辿り着けた実感がじわじわとわいてきます。
「どうしてこんなことを。ヴィーラをさらったのもあなたでしょう?」
『さらった? それはちょっと違うな』
声は心外だとでも言いたげな口ぶりです。
『ヴィーラを呼んだのは確かに俺だけど、縛っても掴んでもいない。自分で付いてきたのさ』
「嘘を付くな。どこの誰だか知らないが、お前のような奴にヴィーラがついていくわけないだろう!」
今度はネディエが天井に向かって吠えます。
『はは、凄い言われよう。事実は事実、嘘つき呼ばわりはやめてくれ』
「もしそれが本当なら、薬か何かを使ったとしか思えない。私は絶対に信じないからな」
『薬?』
ふいに空気が、それまでだって十分に張り詰めていた室内が、一瞬で氷のように冷えたのを感じました。
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