第18話 失われたきおく②

 暗い闇の底の、更に向こうには常ならぬ世界が待っています。

 ミモルはゆっくりと落ちていきながら、今回の旅を始めてから「夢」を見る回数が増えた理由を、ぼんやりと考えていました。


 考えてみれば、エルネアと森で暮らしていた間にはほとんど見た覚えはないのです。外の世界での緊張をいられる毎日が、自分に流れる血を刺激するのでしょうか。


『あれは……』


 黒の中に針の先のような光が輝き、広がっていきます。やがて見えてきたのは白い床に立つ黒髪の少女でした。


『私?』


 エルネアが仕立ててくれた、白い服と赤いスカート。たとえうつむいて顔を覗くことが出来ずとも、自分を見間違うはずがありません。


「もう我慢できない」


 たたずむミモルの食いしばった歯と歯の間から、きしむような声がれました。


「どんな理由があったって、許せない……」


 体中に力をみなぎらせ、得体の知れない怒りに震えています。やがてそれは風に姿を変え、髪や服を巻き上げていきました。


「駄目!」

「いけません!」


 声しか聞こえませんでしたが、エルネアとフェロルの制止に違いなく、けれど立ち尽くす「自分」には届いていないようです。


『何をしようとしているの?』


 威圧感が風に形を変えて、どんどんと膨らんでいくのを感じます。このままでは大変なことが起こりそうに思えました。


『これは、未来の出来事……?』


 あと少し。もう少しで見届けられます。この先に起きるかもしれない重要な――。



「起きて!!」


 鋭い叫びにミモルが目を覚ますと、何かが目の前でひらめきました。それが何だかもはっきりしませんでしたが、体を一瞬のうちに支配したのは恐れでした。

 本能が警告を発しています。あれは、命をおびやかす光だと。


「――風よ!」


 どん! と重いものが壁に叩き付けられる音がして、ようやく薄闇の中であることを認識しました。

 家具の輪郭りんかくなどは浮かび上がっているから、朝が間近ではあるのでしょう。目を見開くエルネアの顔もなんとなく察することが出来ます。


「ミモルちゃん!」

「だ、大丈夫……。何が起きたの?」


 危機を悟り、「何か」を咄嗟とっさんだ風で弾き飛ばして事なきを得たものの、体はまだ強張こわばりから完全に解き放たれてはいません。


「ミモル様!」


 けたたましい音を立てて、隣の部屋で眠っていたはずのフェロル達も飛び込んできます。ちょうどミモルが息を整えながら、事態じたいを把握しようと光の球を生み出そうとしたところでした。


「セイン、光を」


 清らかな精霊の名と共に短い言の葉がつむがれると、全てが文字通り明るみにさらされました。


「……ヴィーラ!?」


 信じられないといったふうに声をあげたのはネディエです。けれども、駆け寄りたい衝動と言い知れぬ違和感にさいなまれ、すぐには身動きできません。


 部屋のすみでうずくまり、うつろな瞳でこちらを見上げていたのは、寝間着姿のヴィーラでした。その手にはしっかりとナイフが握られています。


「どうして、こんな真似を」


 カラカラに乾いたノドの奥から声を絞り出します。こうも明らかでは、ヴィーラが自分の命を狙った事実を、ミモルも認めないわけにはいきませんでした。

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