第16話 ひなびた村で②

 シュウォールドからやや南。

 街道から外れて草原を抜けると、急に畑が広がり始めました。

 緑の世界から一変、黄色や赤が目につきます。どうやら植えられているのは麦や野菜のようでした。


 その畑と畑の間のあぜ道に踏み込んだあたりで、もう村の中なのだと気付きます。

 ――ソニア村。荒れた土地から住みよい場所を求めて旅した人達が開いた村で、初代の村長の名が村の名前の由来だといいます。


 図書館で見た地図には名産や歴史が簡潔かんけつに記されていましたが、読んだ限りでは取り立ててるものもない、ごくありふれた村という印象しかありませんでした。


 やがて、建物が目立つようになります。じょじょに密集した方向へと進んでいくも、平屋のこぢんまりとした家ばかりで、壁はどれもくすんでいます。

 人はまばらでした。布を帽子代わりに頭に巻き、収穫した野菜を洗ったり干している者、作業で疲れて軒先のきさきで休む者。


 ほがらかな表情で談笑しあっている人達もいます。

 川沿いには水車小屋もことことと音を立てながら回っており、絵に描いたような、まさに「農村」といった雰囲気でした。


「旅人さんかね?」


 ひとりの年寄りが近付いて声をかけてきました。街道からはなれた、こんな小さな村に来る者は少ないのでしょう。不思議そうな顔をしています。

 ミモルは落ち着かなさを覚えました。先ほどから視線も痛いほどに感じています。


 敵意ではないにしても、好奇を含んだ、探るような眼差し。エルネア達は都会でさえ目を惹く存在ですから仕方がないと解っていても、慣れない感覚です。


 いえ、それだけではありません。もしかしたらこの村は敵地かもしれないのだと思うと、落ち着けという方が無理でした。

 エルネアはそんな心のうちを一切悟らせずに微笑みかけます。


「旅人というほどでもありませんけど、あちこち見て回っていて」

「……へぇ」


 返事が一呼吸遅れたのは、彼女の美しさ見とれていたからでしょうか。


「村長さんはいらっしゃいますか? 勝手に歩き回るのも気が引けますし、色々とお話をお聞きしたいのですが」

「あぁ、それなら通りをまっすぐ行ったところに大きな家があるからすぐに分かるよ」

「ありがとうございます」


 軽く頭を下げて別れると、彼の言った通り村長の家はすぐに見つかりました。つやのある褐色かっしょくの壁と立派な扉、なにより綺麗な花々が咲き乱れる花壇かだんが他とは違う雰囲気をかもし出しています。


 その時でした。

 家を訪ねようと玄関に向けた視線は、花壇に水をやっていた人に吸い寄せられました。その女性もこちらに気付いた様子で立ち上がると、腰まである長い髪が風になびきます。


「お客様ですか?」


 息を呑む音がしました。それも、誰のものでもなく、全員の。小首を傾げる女性は黙り込むミモル達を前に「あの……?」と問いかけてきます。

 ややあって、ようやく口を開いたのはネディエでした。


「ヴィーラ……?」


 言葉にしてみてやっと衝撃しょうげきが形になり、途端とたんに詰まっていた肺が元気を取り戻しました。

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