第四章 変わり果てたすがた

第16話 ひなびた村で①

 昨晩の出来事が夢か幻に思える旅日和。放牧された動物達が草をはむ広大な野原に、ときおり雲の影が滑るように流れる様は平和そのものです。

 整備された街道をいく人々もみな笑顔で、「のどか」という言葉がぴったりくる光景でした。


「あっ、ちょうちょ!」

「遠くへ行っちゃ駄目だよ」


 ミモルと手をつないでいたジェイレイが駆け出し、その背を声が追います。


「回り道をしてまで図書館を訪れた甲斐かいはあったな」


 目的地へ向かう道中でネディエが呟きます。そう、彼らは帰途きとにあるのではなく、すでに向かう先を定めていました。

 大きな図書館で大量の資料をさらった結果、ハエルアでは分からなかった新たな事実が浮かんできたのです。


「急速に大きくなった影響で、付近の地形まで変わってました、なんて誰が気付くかよ」


 最後尾をやる気のない足取りで付いてくるスフレイが、ネディエににらまれ欠伸あくびをかみ殺しました。歴史をより深く知っておくべきという、フェロルの読みは当たっていたのです。


 シュウォールドは単にその場だけで巨大な都市へと成長していったのではなく、資材を求めて周囲の山や平地をけずり、かなり遠方からも土や木を運んで造られていました。

 数年ごとの地図を比較すると、驚くほど変化していることが判明したのです。


「最近の地図ばかり眺めていても見つからないはずだね」

「皆さんの予測通りなら、あれは700年前の光景でしょうからね」


 気付いたネディエ達はどんどん昔にさかのぼっていき、やっと探し求める場所に近しい地点を見つけました。それは、現在の地図と照らし合わせると、全く思いもよらないところでした。


「まさか、村になっていただなんて……」


 エルネアが全員の気持ちを代弁します。

 占いで得た手がかりは、ぽつんと建てられた一軒家。だからこそ広大な森や崖といった、外界から隔絶かくぜつされていそうな場所ばかり探していました。


 昔と今、二枚の地図を重ねると、浮かび上がってきたのは小さな集落だったのです。


「でも、そう考えると辻褄つじつまもあいますね」

「どういう意味?」


 ミモルが問い掛けると、フェロルは考えを順序立てて説明してくれました。


「ネディエさんの予測通り、今回の事件の首謀者がヴィーラさんの前の主だったなら、我々に悪魔をけしかけることも可能だったでしょう」


 今やすっかり小さな子どもになって、ひらひらと舞う蝶を追いかけているジェイレイ。


 なんのためかは不明のままだけれど、700年前の悪魔の娘であるらしい彼女を操るなどという芸当ができたのも、素性と居所いどころを知っていたからです。


「昨晩の敵も、こちらを解っていておそってきた節がありました。彼らは専門のハンターでしょう。実力や口ぶりからすると、組織の末端のようでしたが」


 ハンター、組織。天使を知り、狩ろうとする者達。エルネア達が常に注意を払っている相手……。ミモルは頭の中で反芻はんすうしながら、不安が黒い染みのように広がっていくのを感じました。


「そんな集団をひっそりと抱え込むのに、村というカモフラージュは最適だわ」


 エルネアが冷静に言います。真実であれば、これから向かう村は、表向きはちっぽけな農村、実態は犯罪に手を染める者達の集まり、ということになるでしょう。


「つまり、ヴィーラの前の主が700年間生き続けていて、天使を狩る組織のボスをしているわけか?」

「はぁ? ありえねぇだろ」


 自分で推理したものの半信半疑のネディエと、否定に顔をゆがめるスフレイが首をひねりました。確かに、普通ならあり得るはずのない話です。


 人間がどれほど長生きしようと、数百年を生きることなど出来ません。でも、ミモルは知っています。それが決して「ありえない」ことではないのを。


「ニズムは700年生きてたよ」


 肉体がちても、神の手による転生を望まなかった青年。

 禁じられた方法で記憶を保ったまま生まれ変わり続けた彼の目的は、かつてのパートナーとの再会でした。


「マカラを探してずっと……ずっとこの世界に留まり続けてた」


 天と通じるほどの力があれば不可能ではないのです。今回も同じなのでしょうか? もし本当にそうだったらと思うと、胸が痛みました。

 暖かい陽気に、ふいに冷たい風が混じります。ため息をこぼさないように空を見上げると、ちょうど太陽を雲が横切るところでした。

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