第15話 夜をこえて②

 翌朝は快晴でした。カーテンを開くと、街の中央に集まる巨大な建造物の群が日差しの下に圧倒的な存在感を放っています。目を覚ましたミモルが食堂に降りていくと、先に起きていたネディエが席を立ち、足早に近づいてきました。


「おはよう……?」


 昨夜の出来事がまだ脳裏に残っていたけれど、階下は恐れていたような光景ではありませんでした。きっと、宿の人達が寝ずに掃除をしてくれたのでしょう。

 それでも、目をらせば何かをぬぐった跡や、取り去ることの出来なかった赤い染みが残っていて、あれが決して夢などではなかったのだと知らしめています。


「夢を見なかったか?」


 ぐっと顔を寄せたネディエが、焦った口ぶりで問いかけてきました。食事もまだのところを見ると、そんなに早くから待っていたわけではなさそうです。

 ミモルはすぐにピンときて、「見たよ」と短く答えます。


「私達と同じくらいの子どもが出てくる夢か?」


 今度は深くうなづきます。どうやら彼女も同じ夢を見たのだと解りました。


「あれは、前に占いで見たやつだ」


 ミモルはえっと驚きの声を発し、すでに察しているらしいネディエは淡々と続けます。


「もっと背が高かったと言いたいんだろう? つまり、さっきの夢の内容は、あれよりも前ということになる」


 道理どうりで見覚えがあったわけだと、ミモルも合点がいきました。別の人間だと説明されるより、ずっと納得できる答えです。同一人物だと仮定するなら、と彼女は前置きし、一つひとつ考えを組み立てていきました。


「あいつは多分、ヴィーラの前の主なんだろう」

「そうだろうね」


 だから、あの男の子のことを「マスター」と呼んでいたのです。


「奴は何かに憤慨ふんがいしていた」

『俺は認めない。絶対認めないからなっ!』


 空気を引きくかと思われるほどの叫びが、まだ鼓膜の奥に残っているような気がして、そっと冷えた耳に触れました。


 ヴィーラが仕えていた少年です。子どもじみた我がままで怒っていたとは、考えにくい気がします。それに、ヴィーラは辛いことに耐えているような顔つきでした。


「あいつが前の主に仕えていた頃、あった出来事。考えられるのは、悪魔との戦いじゃないのか?」

「あ……」


 脳裏によぎるのは、悲しい選択をした少年ニズムと天使マカラの姿です。その発端ほったんは当時彼らが敵対していた悪魔の存在だったはずです。

 彼らは神々の怒りを買い、引き裂かれ、それでもなお抵抗し――700年の時を経てミモルとダリアを巻き込んでいきました。


「私がもっと過去を覚えていたら」


 声に弾かれたように振り返ると、ちょうどエルネアが言葉を切って苦笑するところでした。


「きっともっと早く、ヴィーラのもとに辿たどり着けたのかもしれないわね」


 少女達は首を振って、責めるつもりではないと告げます。

 確かに、ネディエの推測通りだった場合、エルネアが当時のことを覚えていれば、わざわざこんな回り道をせずに済んだでしょう。

 事件の首謀しゅぼう者へ、一足飛びに辿り着けた可能性があります。


「エルが悪い訳じゃないよ」

「記憶がないのは、神々の意思によるものだろう?」


 全ては、前の主とのつながりを断ち切ることで、新しいパートナーに集中させるこの仕組みのせいです。しん、と落ちた沈黙に、ミモルにはある考えが浮かんできました。


「もしかして、夢であの人が怒っていたのも」

『こんな仕組み、間違ってる!』

「……ありうる話だ」


 ネディエも再び黙考の表情を作ります。そこへ、仲間達が二階から降りてくる足音が聞こえてきました。



 これ以上同じ場所に留まり続けるのは良くないと、ミモル達は早々に宿を引き払い、街からも離れることにしました。


「私達も何かお手伝い出来たら良いんだけど」


 カナンもオーブもそう言ってはくれましたが、ただ旅先で出会っただけの彼女達を巻き込むわけにはいきません。それに、オーブには主とこの一帯を守る役目があります。


 街の入口での別れ際、危険な目に合わせてしまったことへのびと、会えて嬉しかった礼を告げてきびすを返しました。


「気を付けてね!」


 心強い声が背中を押します。たった1日一緒に居ただけの仲でも、別れには胸の詰まる思いがしました。

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