第13話 であいと異変②

「あなたは?」


 カナンは自然な流れでネディエに話を振ったつもりでしたが、漂ってきた空気を感じ取り、何か悪いことを言ってしまったかと詫びました。


「いや、あなたは悪くない。確かに私にもパートナーがいる。でも今は……行方知れずなんだ」


 えっという声は、か細過ぎて呼吸の音に紛れてしまいそうなくらいでした。

 ミモルは息を吐き、これまでのいきさつと、その手がかりを探すためにこの街を訪れたのだと簡単に説明します。


「そうだったの……」


 隣のテーブルではオーブが同じ内容をエルネア達から聞き、表情をくもらせています。


「そんな、あのヴィーラさんが主人のそばを離れて行方をくらますなんて、ありえない」


 重苦しく息を吐き出すような言い方には、信頼の深さがにじみます。ミモルはその独白を聞きとめて、大人達の方へ首を向けました。


「ねぇ、エルとヴィーラって、有名人なの?」


 エルネアに出会った時のオーブの反応は、知っている人にあったという程度のものではありませんでした。なにしろ握手して交わしたあと、しばらく感激に打ち震え、「この手、もう洗わない!」とまで叫んでいたのです。


 遠くから見つめるしかなかった憧れの相手と、初めてお近づきになれた時のようでした。


「そりゃあ……もう!」


 再び感極まってしまったのか、その後が続かないらしいオーブに代わってフェロルが教えてくれます。エルネアやヴィーラは神々のとても近くでお役目を果たす、優秀な天使達なのだと。


「憧れている者は大勢いますよ。僕も、エルネアさんを遠くから拝見して、いつもあぁなれたらと思っていました」


 ちょっと恥ずかしそうに教えてくれたフェロルの微笑みは初めて見る表情で、また互いの心の距離を縮めてくれた気がしました。


『もしかして、ずっと気を張っていたのかな』

『かもね。「あのエルネアのサポート役が、自分に勤まるのか」って感じじゃない?』


 嬉しい反面、ミモルの中では更に謎が深まってしまいました。そんな優秀な天使が、何故自分の元に舞い降りたのだろうかと。


 悪魔の襲来を予測してのもの、とも言えなくはありませんが、それだけではフェロルの存在が説明できない気がします。何か大きな出来事が、この先に待ち受けているような予感がしました。


「別に私もヴィーラも、あなた達と何も変わらないわ」

「そんなことありませんっ」


 エルネアにオーブが食い下がり、いかに素晴らしいかを滔々とうとうと力説し始めます。


「良くあることだから気にしないで」


 カナンは呆れた視線を送りました。その遠慮のない言い方は、全く違う気質の二人が互いに良きパートナーであることをうかがわせます。


「ちょっと羨ましいな」

「オーブの元気っぷりが? 助けられる時もあるけど、毎日だとねぇ」

「あ~、カナンひど~い。私、役に立ってるでしょ!」


 冗談めかしたふくれっ面も、なんだかおかしくて笑ってしまいます。こんなに楽しい食卓は久しぶりでした。

 美味しい食事と明るいおしゃべりが味付け以上のものを演出していて、暗くなりがちだったネディエのほっとしたような笑顔も見ることができました。



 異変は、その夜に起こりました。

 ゆっくり食事をして遅くなってしまい、今後の話は翌朝へ持ち越すことに決めたミモル達は、カナンやオーブにおやすみを言って二階に引き上げようとしていました。


 ばん! と何かが弾けるような音が鳴ります。

 正面の扉が乱暴に開いたと思ったら、けたたましい足音と共に、数人の黒服の者達が宿に押しかけてきたのです。


「な、なんですか。あんた方は」


 カウンターで片付けをしていた老齢の主人は、物々しい雰囲気に声を荒げました。こういう仕事をしていれば、こんな手合いにうこともあるのでしょう。驚きはしても、睨みつける瞳は鋭く光ります。


「うちは見ての通りの安宿。お金なんてありませんよ。おそうなら、他を当たるんですな。それともお客かい?」


 どうせ違うのだろうと、声に含んだ響きが語っていました。

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