第12話 自分にできること②

『エルネアとの方が、繋がりが強い分、気配も強く感じてるんじゃない?』


 そのエルネアはどうしているでしょう。良い情報は掴めたでしょうか。


「聞いておられるかもしれませんよ?」


 フェロルと二人きりで話したいとは思いましたが、ミモルはエルネアに対して「閉じて」いるわけではありませんでした。彼女が意識を集中すれば、今の会話も聞くことは可能です。


「かもしれないけど、ちゃんと自分の口で言うよ。エルが与えてくれる日常に甘えてたと思う。だからこんなモヤモヤを抱える羽目になっちゃったんじゃないかな。二人で煮詰まっちゃったら、フェロルも参加してね」

「僕もですか?」


 ぽかんと口をあける彼に、ミモルは人差し指を立てて「当然でしょ」と力強く言いました。


「フェロルも、もう私の家族なんだから」

「……はい」


 ミモルは「さぁ探そう」と声をかけ、目的の棚を改めて探し始めました。



「ふぅ……」


 建物の中より澄んだ冷たい空気で肺を満たします。図書館に入る前に晴れていた空は、そこを出る頃には夕暮れへと移り変わっていました。高い建物が群れを成すこの街では、そのオレンジ色も四角い光の線のように区切られて射し込みます。


 閉じられた空間で書物をあさるのは、結構な重労働です。

 全員がどこか疲れた顔をしていて、宿に泊まって調べた内容について話そうというネディエの提案に、反対するものはありませんでした。


「街の入口近くに良さそうな宿屋があったわね」

「こんなに時間がかかるなら、先に予約を入れておけばよかったね」


 エルネアが思い出し、ミモルも返します。本を探してページをめくる作業など、すぐに終わると思っていたのです。


「別に観光地でもねぇし、選ばなきゃ部屋なんていくらでもあるだろ」

「限度がある。お前はどんな『安宿』に泊まるつもりなんだ」


 などと、皆で話しながら歩いている時でした。


「あの……」


 唐突に声をかけられ、全員が振り向きます。そこには肩で息をする――ミモルやネディエよりやや年上の――どこか不安げな表情の女の子が立っていました。



「私達に用事かしら?」


 近付いたエルネアが首を傾げて尋ねると、走ってきたらしい彼女は呼吸を整えてこくんと頷きます。頬が赤く染まって見えました。

 この街に知り合いはいません。ネディエの素性が知れて貴族や役人が来るならともかく、子どもに声をかけられる理由が思い付きませんでした。


「えぇと、その。もしかして、皆さんは――」


 歯切れの悪い物言いです。それでもなんとか口にしようとする彼女の、次の言葉を待っていると。


「わっ、フェロルじゃない! こんなところで何やってるの?」


 という、別の大きな弾んだ声が飛んできて、緊張感をかき乱しました。咄嗟に全員がフェロルを見ると、彼はぽかんと開けた唇をなんとか動かし、言いました。


「……オーブ?」


 驚いた顔に笑みを浮かべながら歩いてきたのは、この街の夕焼けに染め上げられたような髪色の女性でした。淡い色の服にふわりと広がるワンピースを身に着けた、遠目でも判る美人です。



「まさかこっちで会うなんて。こんなことってあるんだねー!」


 本来は長いのだろうと思われるその鮮やかな髪を、団子に結って残りを散らした形は、そのまま彼女の活発さ、明るさを表しているようです。

 走り寄ってくると、フェロルの手を取ってぶんぶんと振り回しました。される側は呆けた顔で、事態を理解するのに時間を要しています。


「知り合いなの?」


 ミモルが問うと、彼はようやく我を取り戻し、振り回され続ける手を止めて頷きました。


「こちらはオーブ。僕の……そうですね、幼なじみです」

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