第11話 図書館のかたすみで②

「それにね。フェロルとお話ししたかったから」

「僕と?」


 エルネアはそれを察してついてこなかったのかと、彼もようやく気付きます。やや先を行き始めたミモルが、その思いの先を突くように呟きました。


「今回の犯人、思い当たることがあるんじゃないかと思って」

「どうしてですか?」


 ぴたりと、後を追う足が止まります。たった数歩分の距離にあるかかとも、地面を蹴るのをやめ、ミモルがくるりと回ると、スカートがひらひらと舞いました。


「なんとなく」


 周囲に誰もいないことを確認してから、真っ直ぐ見据えて微笑みます。

 ねぇ教えてくれない? と、まるで勉強でも教わるみたいにたずねると、フェロルは逡巡してから観念したように「あくまで可能性の一つですが」と前置きしました。


「天使が消えた。何の前触れもなく、連絡もない。自分から消えたとは考えにくい。……なら」

「なら?」

「ハンターの手に落ちたのかもしれません」

「『ハンター』……狩りをする人?」

「えぇ。――僕達を狙う狩人のことです」


 何か重いものを無理に呑みこんだみたいでした。どうして、がノドの奥から出てきません。それでも瞳に困惑が浮かんだのを見て、フェロルは続けます。


「美しいものを集めたがる収集家コレクターもいれば、恩恵にあずかろうとする者もいるのでしょう。なにより、手に入れれば富や美や永遠が得られると思い込む人間がいるのです」


 フェロルは努めて淡々と語ろうとしていましたが、その表情は吐き捨てたいのをこらえて歪んでいました。


「ひどい」


 やっと絞り出したのは、そんな陳腐な言葉だけでした。


「そして、そんな金持ちに天使ぼくたちを売って儲けようと考える人間もまた、存在するのです」


 少女は再度「ひどいよ」と呟きます。何から批難すれば良いのかも判断できず、唇を引き結んでいないと、やるせなさから涙が滲みそうになります。


 エルネア達は主に仕え、世界を安寧あんねいに導くための存在です。

 守るべき対象から引きはがし、私欲を満たそうとする者がいるなどと、考えるだけで胸が痛みました。


 繋がりが生まれたその瞬間から、彼らは家族なのに。同じ人間としてこんな恥ずかしいことはありません。


「僕達を捕まえても、何も手に入らないというのに」

「何も……」

「天と繋がり、守護を得られるのは、召喚した本人とその周囲に限られます。……ある意味においては、更にその外側を守ることでもあるかもしれませんが」


 何を言いたいのかはミモルにも解りました。彼らは主を守ることで、同時に力が外の世界をおびやかすのを防いでいるのです。


「僕達が主から得た力でこの世に存在していることを、彼らは知らないのでしょう。狩る過程で主を深く傷つけたり、命を奪うようなことがあれば――」


 少女の蒼ざめた顔に、フェロルははっとして口を閉じました。いつの間にか話すことに意識を傾け過ぎていたようです。


「すみません。失言でした」

「ううん、私が教えてって言ったんだから」


 慌てて謝罪すると、ミモルは強く首を振って下目蓋を拭いました。

 いくら振り払っても脳裏をよぎるのは王都での一場面です。自分を庇って怪我を負い、光る羽になって一度は消えてしまったエルネア。


 透けていく体と、どこか安堵したような表情。今も共に居られるのは、奇跡としか言いようがなく、あんな身を引き裂かれるような思いは、もうしたくありません。

 そして彼――フェロルもまた、同じ定めにあるのです。

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