第11話 図書館のかたすみで①

 店舗の通りを過ぎると、途端に本や眼鏡が目に付くようになってきます。

 いかにも勉強熱心そうな人間の多い光景が、満足のいく子ども時代を送れなかった彼の心をざわつかせるのかもしれません。


「ある時、新しく国の中央からやってきた教会の司祭が、文字の読み書きさえ教えて貰えない子達を哀れに思い、一念発起したんだ」


 彼は僅かなお金をやりくりして道具を揃え、文字を教え、絵本や児童書から大人達も読みそうなものまで、幅広く本を収集して貸し出す活動を始めたのです。


「村人は、初めは遠巻きに眺めていただけだった。が、司祭の熱心さと子ども達の楽しそうな様子に心を動かされて、数年後にはかなり高い識字率と教養のある村になったらしい」


 知識があれば新しいアイデアが生まれるものです。畑仕事にも工夫がなされるようになり、収穫量が増し、噂を聞いた人々が集まり、村は大きく発展していきました。


「そのうち中央からの援助も積極的にされるようになると、発展も加速した。次第に学者連中が書物目当てに居を構えるようになって、ご覧の通りというわけらしい」


 たった一人の司祭が始めた活動が実を結び、現在のシュウォールドは生まれたようです。彼の偉大な功績こうせきたたえられ、その子孫である町民の自慢でもあり、自らの町をこう呼びました――「オキシア王国の頭脳」と。


「そいつは自画自賛が過ぎるな」

「静かにしろ。他人に聞かれていさかいになったらどうするんだ」


 目の前に見えてきた図書館は白い壁の中にあり、開かれた格子戸の奥にそびえたつのは大きな大きな建物でした。


「これが図書館……」


 大きく開かれた入口から中に入った途端、壁という壁を埋め尽くす本棚に圧倒されます。そこには時を経た紙が発する独特の匂いが充満していました。

 目の前にはカウンターでは職員が忙しく働き、奥にも延々と棚が続きます。脇には階段があり、高い天井の上にも書架しょかが並んでいることを教えていました。


 これだけの資料の中から、求める情報をどうやって得ればいいのでしょう。

 ミモルが迷路に迷い込んだみたいに立ち尽くしていると、エルネアが優しく「行きましょう」とうながしました。


 なるほど、入口のそばには内部の地図が貼り出されていて、どこに何の本があるかが一目で分かるようになっています。見出しの中にはちょっと興味を引かれる単語もいくつかありましたが、残念なことに今はそれどころではありません。


「地図は……ここだな」


 ネディエが指さした先には確かに「地理」と書かれてありました。これだけの所蔵量なら、目星のものも必ずあるはずです。


「では、皆さんはそちらへ行ってください」


 歩き出そうとした一行にそう声をかけたのはフェロルでした。彼は視線を地図から離し、念のため歴史の棚からもアプローチしてみると告げます。


「そうね、調べておいて損はないわ。頼むわね」


 エルネアが言い、フェロルが頷いてきびすを返すのを見て、ミモルは咄嗟に「私も」と後を追うことにしました。


 時間のせいか、目的の棚までの通路は比較的すいています。時折、本を探す人や、中を見定める人、すでに選んだ数冊を抱えて入口へ向かう人とすれ違う程度。

 しんと静まった空間に響くのは、足音とページをめくる乾いた音ばかりでした。


「皆さんと行かれなくて良かったのですか?」


 フェロルは小声で隣を歩く少女に問いかけます。まだ出会って間もない自分と共に来てよかったのか、という疑問を含む口調に聞こえました。

 ミモルはちらりと長身の彼を見上げ、「地図、苦手なんだ」と苦笑します。


「あっちに行ったって、大して役に立てそうにないし。歴史が得意ってわけでもないけど」


 どう返事をしてよいか分からず、淡い青色の髪と瞳をした青年は「はぁ」と息が抜けるような声を出します。こんな顔もするのだなと彼女は思いました。

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