第9話 見えたものとこれから②

 幻が完全に消えてしまい、元の部屋に意識が戻ってきたあとも、しばらくは今見たものを整理するので頭がいっぱいでした。


 あまりにリアルで、聞こえていた葉擦れの音や濃い緑の香りが、耳や鼻にまだ残っているように思え、たくさんの手がかりを得た実感がありました。

 たとえそれが、何から手を付けるべきかは分からないにしてもです。


「私達にも見えたわ」


 エルネアが思案顔で言い、新しく仲間に加わったばかりのフェロルに目配せします。彼も視線を受け止めて軽く頷きました。


「彼は何者なのでしょうね」

「おーい、俺にも教えてほしぃんだけどー?」

「今話すからその緊張感のない喋り方はやめろ」


 ネディエはそう前置きしてから、簡単にスフレイへの説明を済ませます。

 隣で耳を傾けていたミモルには、彼女が口に出して伝える事で、自分の考えをまとめているようにも感じられました。


「おお~?」


 ジェイレイだけは、無邪気に水晶を眺めたり指先でつついてみたりして遊んでいます。悪魔だった彼女が現れてから、そろそろ丸一日が経とうとしていますが、その幼い姿に変化は見られません。

 一度命を失いかけたショックで、記憶も力も無くしてしまったのでしょうか。


「あんまり騒いじゃ駄目だよ」

「はーい!」


 ミモルが優しくと声をかければ、片手を上げて元気に返事をします。ポニーテールを忙しなく揺らしながらトテトテと歩き回る姿は、まるきり幼児そのものでした。


「……まずは目の前のことから取り組みましょう」

「そうだね」


 いつ転ぶか、物を壊すか、とハラハラした目で追うミモルをエルネアがさとし、一通りの意思の疎通そつうも終わったところで、5人はこれからについてあれこれと意見を交わし始めました。


 ◇◇◇


 訪れた町――シュウォールドは、あらゆる分野の研究が盛んなところでした。

 町の中央には小さな子どもが通う学校から専門の研究機関、広大な図書館までが集まった区画があります。


 その周囲をこれまたあらゆる種類の店がぐるりと取り囲んでいて、更に外側に四角い民家が立ち並んでいました。しかも驚いたことにそこで終わりではなく、今も東西南北でそれぞれに発展し続けており、未だ成長途中なのです。


 何重にも重ねられた層のような作りに、まるで町の中にもう一つ町があるようでした。


「なんだか町が生きてるみたいだね」


 ミモルは町の入り口から中央へと向かう途中でそんな感想を抱きました。

 思わずインクの香りが漂ってきそうな、白いレンガ造りの町並み。王都にも引けを取らない巨大な都市の建物は、中心へ向かうほど高く大きくなり、見上げる空も四角く切り取られています。


 民家の通りが静かな分、店舗が並ぶ通りに入った途端、どっと人の声や気配が胸に飛び込んできました。


 見たこともないようなフルーツの山から甘酸っぱい匂いがしたかと思えば、きらきらと光る宝石を眺めてうっとりする貴婦人達が目に入り、その脇を二頭立ての馬車が通り過ぎていった次の瞬間には、巻物状の上等そうな布を売ろうと声を張る商人に視線を吸い寄せられ……一息つく暇もありません。


「この通りを一巡したら、生活に必要なものが全てそろいそうですね」

「せっかくだから何か買って帰りましょうか」


 フェロルが興味深げに言い、隣を行くエルネアも提案します。

 可憐さと大人びた美しさを持ち合わせるエルネアの横に、うれいを含んだ瞳が印象的な美青年のフェロルが並ぶと、まるで一枚の絵画のようです。


 実際、すれ違う人はもちろん、遠くでよそ事に勤しんでいた者でさえ呼吸を忘れて目を奪われています。


「見てあの二人」

「きれい」

「格好いい」

「王都から来た人かしら」


「……二人が交渉したら、何でも安く売って貰えそうだね」


 後ろを歩くミモルが苦笑いしました。

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