第9話 見えたものとこれから①

『思い出した?』


 あっ、と驚きがミモルの口からこぼれます。声に聞き覚えがあったからです。もやの中からわき出るようにして現れた、オレンジ髪を棚引かせる背中に、確信を更に強めました。


「ネディエ、あの人だよ!」


 その人物を起点にして空間は一気に色づき始めます。

 草の濃淡の入り交じった緑が広がって原となり、丘が生まれ、眼下には木々の波が揺れる海が現れ――最後に音もなく一軒のちっぽけな家が建ち、世界が完成しました。


 一度は消えたはずの互いの身も、今やはっきりと輪郭りんかくを取り戻しています。

 間違いなくミモルが夢に見た光景でした。それも、比べものにならないほどにはっきりと、リアルな質感を伴って目の前に横たわっています。


 始めに聞いた青年の声も、手が届きそうな距離で発せられているみたいで、幻だという事実を忘れてしまいそうなほどでした。


「ヴィーラ!」


 男の視線の先に立つ女性の姿に気づき、ネディエが弾かれたように叫びます。

 腰まで伸びた長髪と、雪を思わせる白い肌。左右で違う色の瞳。やや細見ではかなげな印象を受ける女性……。

 全てがミモルと以前会った時のまま、何一つとして変わってはいませんでした。


「良かった」


 これまでどんな方法でも行方を掴めなかったヴィーラの無事な様子にひとまず安堵し、二人はそろそろと近付きます。


「お前、今まで一体……」


 少女は言いかけて、すぐにそのオッドアイが自らを映さない事実を思い知り、悔しげに目を伏せました。

 これが己の力が見せる映像でなければ、すぐにでも腕を掴んで連れ戻したでしょうに、息がかかりそうな距離にあることが、なんとも歯がゆい思いに駆られます。


『なんということを』


 エルネアと同じくらい、人を惹き付ける美貌の持ち主であるヴィーラは、そのきめ細かな肌に似つかわしくないしわを刻み、呟きました。伝わってくるのは困惑と嘆きです。ここにきて、ようやくミモル達は男を真正面から見据えました。


「こいつは……」


 力ある、見つめる相手を貫く瞳でした。かつてミモルが共に王都へと旅したムイも、同じような鮮やかな髪と目の持ち主でしたが、この男から受ける印象は全く違います。


 この感じ、前にどこかで。


 何か、大きな決意を抱えているのでしょうか。大事な目的のためなら、他を犠牲に出来る人に見えました。


『どうしてそんな顔するのさ』


 彼はヴィーラを安心させるように微笑んで、軽く首を傾げます。そんな仕草ひとつにも、背負うものの気配が漂っている気がします。


「お前は何者だ!」


 しびれを切らし、ネディエが言い放ちました。彼女の心中を思えば、届かないと分かっていても糾弾きゅうだんせずにいられないのは当然です。


「何故ヴィーラをさらった? 私を、ハエルアを狙ってのことか。だったら」

「興味ないね」

『!』


 空気が変わった、としか言えませんでした。頭で理解する前に体が「それ」を感じ取り、背中に違和感が走り抜けます。ゆっくりと男の首が巡らされ、ある一点……ネディエで静止しました。


「な……」


 ありえません。これは過去か現在か未来か、いずれにしても単なる幻に過ぎないのです。反応を示すなど、まして目線がかち合うなどあり得るはずがありません。

 ざわっ! 強い風が互いの間を吹き抜けていったかと思うと、急速に景色が遠ざかります。真っ暗な穴倉に吸い込まれていきます。


「誰にも、渡さない」


 遠くで小さく、女性がささやきました。

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