第8話 つよい決意②

「言い方が挑発的過ぎるのよ」

「生まれつきだ」


 呆れ顔で言うエルネアに、スフレイはそっけなく返します。ここまで彼女が話の腰を折らなかったのは、真意を感じ取っていたからでしょう。


「じゃあ……」


 ネディエはびっくりして、目をしばたたかせました。

 まさか、いつもくだらない言い合いばかりしている彼が、思慮深く行動しようと努める自分の姿を見て、「こんな時くらいは考えるより動け」と励ましたかったのだとは……思いもよらなかったのです。


「ね?」


 ミモルが微笑みかけました。様々な思いが去来して混乱していた頭が、その笑みですっきりと冴え渡っていきます。

 立場や名誉などと難しく考える必要などありません。初めから答えは決まっていて、ただ真っ直ぐに手を伸ばして選び取るだけで良かったのです。


「……あぁ」


 ネディエは憑き物が落ちたような心地で破顔しました。



 全員が息をのみ、透き通った丸い玉を覗き込みました。やっと起きてきたジェイレイも、目を輝かせながら何が起こるのかと見守っています。


「こんなに近くで占っているところを見るの、初めてだよ」


 ミモルがドキドキしながら言うと、ネディエは手をかざしながら「単純に見たいものが映るわけじゃない」と苦笑しました。そんなに熱心な視線を送っても無意味だというのです。


「そうなの?」


 物語の中の占い師は、水晶を深く覗き込んで何かをぶつぶつ言うと、お告げのような不思議な言葉で未来を知らせます。ミモルもてっきり、透明な玉の奧に未来が映し出されるのだと思っていました。


「確かに魔の力は秘めている。でも、水晶もカードも集中力を高める道具に過ぎない。るのはあくまで術者の能力なんだ」


 現在、最もその能力に長けているのは、ネディエの叔母おばでありハエルアの領主でもあるルシアです。


 その彼女でさえ、未だにヴィーラの行方は掴めていません。だからこそネディエも試みるのを恐れていたわけですが、今の彼女からは迷いがきれいに消えていました。


「もう見えないかもしれない、なんて下らないことは口にしない。見えるまでねばって、意地でもヴィーラを見つけてやる」

「私も手伝うよ、頑張ろう」


 瞑想めいそうともいうべき集中に入ろうとする友人に、ミモルも水晶に手を伸ばしながら微笑みかけます。

 先見さきみの基礎も知らない素人しろうとに何が出来るかは分からないけれど、ただそばにいてあげたいと思ったのでした。



 少女の決意のなせる技か、手助けがあったからでしょうか。その瞬間は意外にもすぐに訪れました。水晶玉を覗いていたはずが、いつの間にか周囲にミルク色の世界が広がり始めたのです。


「ネディエ?」

「静かに」


 思わず声をかけると、ネディエの静かで鋭い警告が返ってきました。すぐ隣にいると思われる彼女の姿も、雲の中にいるみたいにおぼろげで、全く同じ感覚にとらわれていることが察せられます。


『眠らずに夢を見ているみたい』

『あながち違うとも言い切れないでしょうね』


 ひそかに手を貸してくれていたらしいリーセンの声が、いつも以上に近くで響きます。たとえるなら、何もない場所にふわりと降り立つ感覚、夢へ落ちる時のまどろみ。


 数秒か数分か、時間の流れが曖昧に感じられ始めた頃、唐突にそれは始まりました。

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