第7話 恐れのしょうたい②

「あの夢の人、顔も見られなかったけど。ヴィーラと知り合いなのは間違いないよ」


 快晴に恵まれた翌日。食事の席で夢について語ったミモルは、やつれた顔の友人に夢の内容を話しました。

 正確には「知り合い」よりももっと親密な関係に見えましたが、不安に押しつぶされそうなネディエにはとても告げられませんでした。


 今日の食卓は丸いテーブルで、ミモルの右手からエルネア・スフレイ・ネディエ・フェロルという順序で一周しています。

 天使たちの前には水の入ったコップが置かれていて、実際にパンやスープやサラダを頬張ほおばっているのは三人だけでした。


「ねぇ、ネディエ。水晶玉を覗いてみない?」


 すでに四方八方、手を尽くして探しているにも関わらず、手がかりさえ掴めていません。ヴィーラを見つけられるのは、きっとネディエだけだとミモルは思ったのです。


 すると、いつもは気丈な彼女はナイフとフォークを握りしめて、思い詰めた表情をして俯いてしまいました。


「でも、もし……」


 か細く響いた声は、震えています。


「私だって、事が起きてすぐに覗こうとしたんだ」


 ネディエの部屋に置かれた、念入りに磨かれて曇りのない水晶玉。いずれはルシアのあとを継いで、ハエルアの領主になる証でもあります。

 ヴィーラがいなくなり、咄嗟とっさに目に入ったそれに触れようとした刹那せつな、彼女の手は見えない壁に当たったみたいに止まってしまいました。


 もし、何も映らなかったら――薄暗い不安が急速に胸へ忍び寄ったのです。

 先見さきみの素質はあると言われました。この水晶玉のように、磨けば立派に役目を果たせるはずだと。ですが、それは近くない未来の話です。


「私はまだ修行中の身だ。未熟なのは百も承知している。……それでも、何も視ることが出来なかったら」


 大切なパートナーが見つからないばかりではありません。

 周囲の者の期待も、ルシアの信用も、自分を守るために身を捧げてくれた母親への尊敬の気持ちさえ、たった一度の失態で泡のように消えてしまうのではと思えてしまいました。


「これまで分かっていたつもりだった『背負っているもの』を、まざまざと見せつけられた気がした」

「ネディエ……」


 正しい道を示す者の責務は本来、年長者の役目です。老いた者が若い者に教え、伝えていくべきもののはずなのです。それを、この町の人達は「視える一族」に押し付けてきました。


「『お前は相応しくない』。そう皆から言われたら、私には居場所がなくなる」


 人は間違って当然なのに、持って生まれた資質のせいで、寸分違たがわぬかじ取りを望まれる……。子どもが抱えるには大きすぎる矛盾でしょう。

 重く沈んだ空気に、ふいにカシャンという硬い音が響きました。見れば、ネディエの隣に座っているスフレイが、スプーンを乱暴に皿へと放り投げた音でした。


「はっ。いっつもお前は小難しく考えすぎなんじゃねーの? イライラしてくるぜ」


 心の底から嫌そうな顔で、呆れたといわんばかりの口調に、当の少女もむっとして「何がだ」と聞き返します。


「保身に走ってるくせに、悶々もんもんと悩んでるところはガキだな」


 椅子の背が床にぶつかり、食器がテーブルから落ち、鋭く鳴って砕け散りました。

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