第4話 あかい光①

「……!」


 勢いよく立ち上がって精一杯睨みつけたものの、固く結ばれた唇から言葉が吐き出されることはありませんでした。ちらりとミモルに視線を送り、ミモルも申し訳なさそうな瞳で応えます。


「ごめん、ネディエ」

「いや、別に口止めしてたわけじゃない」


 スフレイに事実を明かした時は、直後にこんな状況が待ち受けていようとは思いませんでした。

 ただ、もしあの場で口をにごしていたとしても、結局はタイミングが違っていただけで、同じ展開になっていただろうことは明らかです。


 ひりりとする時間が数秒過ぎ、ネディエはどこか諦めを含んだ声音で「否定はしない」と言いました。


「あのひとは、私の母をあのひとなりに大切にしていた。それが失われてきつい時期をヴィーラが埋めてくれたのも事実だ。でも、それだけじゃない」


 信じているのです。きっかけが何であれ、今やルシアにとってヴィーラが「役に立つ姉の代替品だいたいひん」というだけの存在ではないと。


「ふぅん。まぁ俺にとっちゃどうでも良い話だけどな」


 失礼な反応ですが、どこかわざとらしい響きも感じて、ミモルは二人の距離感を知った気がしました。素直なのか、そうでないのか、なんとも不思議な関係です。

 一通りの経過を聞き終え、さてどうしたものかと思案する空気になった頃でした。


「!?」


 ぐわっと、体がねじれるような違和感が体をおそいました。カップが飛び床に転がる音がして、全身がソファに押し付けられます。

 次いで、「や」とも「あ」ともつかない悲鳴が自分ひとりのものでないことに気がつきました。


「アンタがミモル?」


 突然聞こえた、メンバーの誰とも違う声に「え」と驚きが零れます。

 導かれるように、無意識に閉じていた目蓋まぶたを開くと、赤い光が焼いたと思いましたが、それは真っ赤な髪がなびいているのでした。

 向かいのソファから上体を起こしたネディエが同じ物を目にして呟きます。


「……嘘だろう」

「ねぇ、答えなさいよ。アンタがミモル?」


 髪と同じ血の色をした瞳で見詰められ、ミモルは身を縮めました。尖った爪の先がまっすぐに指してきて、そのまま首元に吸い込まれそうです。


 幼さを残す顔には似つかわしくない体をさらすような服装をしたその少女は、見過ごせないものを背に宿していました。

 どうして、どうしてどうして。ある一つの疑問が頭を埋め尽くします。


「どうして……」


 ポニーテールの下にあったのはコウモリのような冷たい翼――どうしてここに、悪魔が?


「ちょっと! 聞いてるのはこっちなんだからッ」


 少女は宙に浮いたまま眉間みけんしわを寄せ、両腕を突っ張って怒りを露わにします。羽ばたく度に風が生まれ、部屋の調度品ががたがたと揺れました。

 どうやら先程自分達を圧倒したのも風圧だったのだと悟ります。


 精神的に幼いのか、随分とあからさまな感情表現でした。放置するのはまずいとミモルは腰を浮かせ、その腕をエルネアが慌てて絡め取ります。


「駄目よ!」

「なんとかしなきゃ。……ミモルは私だよ。あなたは誰? どうして私を探しにきたの?」


 やっと答えを貰い、悪魔の少女は満足げに口の端を持ち上げました。足先を床に触れさせて音もなく降り立つと、間合いをぐっと詰めてささやきました。


「じゃあ、消えて?」


 エルネアが強く腕を引っ張ったのと同時に、凄まじい勢いで飛んできた手套しゅとうがミモルの首の手前を斬りました。

 空気が鋭く音を立て、逃げ切れなかった髪の先が数本、はらはらと散ります。


 パートナーの胸に落ちるように倒れたミモルは舌打ちにぞっとし、自分の首に手を触れました。大丈夫、くっついています。


「ちょっと、避けないでよ!」


 悪魔は続いて翼を大きく広げ、強く羽ばたきました。一対のそれから生まれた風が家具を揺らし、咄嗟に顔を覆った腕に無数の針でさされたような痛みを走らせます。


「ミモルちゃん!」

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