第3話 いなくなった彼女②

「ヴィーラに何かあったんだね?」

「……いなくなったんだ」


 か細い声に、えっと三人共が声を上げます。いなくなったとはどういう意味でしょうか。


「俺が出て行ったあとだよな。だったらここ二日くらいの話だろ。ちょっと出掛けてるだけじゃねぇの」


 彼女は強く首を振って呑気な男をめ上げました。


「私に何も言わずにか?」

「ガキじゃあるまいし、あいつにだって色々あるだろ」

「そういうものじゃないのよ」


 むしろ呆れ気味の彼に応えたのはエルネアです。そっとネディエの背中に触れ、優しくさすってやります。その手つきにヴィーラを思い出したのか、少女は再び床を見つめて閉じた目に力を込めました。


「離れずに仕え、守るのが私達の役目なの。勝手に消えるなんて……特にあのヴィーラに限ってありえないわ」

「私もそう思う」


 エルネアとの付き合いも長くなってきたミモルも、深くうなづきます。天使ほど心強い護り手はいないのです。


一昨日おとといの夜には確かにいたんだ。いつもと同じように挨拶をして別れて……翌朝には姿が見えなかった。おかしなところなんて無かった、はずだ」


 辺りを駆けずり回って呼んでも、相手の心へ思い切り叫んでも、返ってくるのは静寂せいじゃくばかり。


 おやすみなさいと微笑んだヴィーラの顔が、くっきりと脳裏に焼きついています。ミモルがこうして訪れるまで、何度も何度も頭の中で再現しては、気付けなかった自分を責めていたのでしょう。


「無理もないわ。私達は魂の片割れ同士だもの」


 ミモルは友人をしっかりと立たせました。強く支えていないと今にもくずおれそうです。でも、安っぽい気休めは口にする気も起きませんでした。


「一緒に探そう」



「もう、この塔にはいないでしょうね」


 ミモル達は客間に移動し、今後を話し合うことにしました。そこは明るい色調にまとめられた部屋でした。


 街が見渡せる窓辺にかけられた淡い色のカーテンにも、四角いテーブルに備えられた向かい合わせのソファにも、小さな花がふんだんに刺繍ししゅうされて、まるで花畑のようです。


 本当なら、今頃はここで景色を眺めながら談笑しているはずでした。けれど、運ばれてきた高そうなカップの中で揺れる薔薇ばら色の水面に、それぞれがうれいの表情を映しています。


 鼻孔をくすぐる魅惑みわく的な香りがどんなに漂っても、気持ちは沈む一方でしかありません。エルネアの呟きに、ネディエも黙って頷きます。

 塔の者達が総出で探しても見つからないのだから、街の中にいるのかさえ怪しいものです。


「ルシアさんは?」

「必死に探してくれてる」


 ヴィーラの失踪がいよいよはっきりしてくると、ネディエの叔母おばであるルシアは顔色を青くし、睡眠もとらずに水晶を覗き始めました。


「彼女にとっても、ヴィーラは大事な存在のはずだもの」

「そりゃ、この地を守護してる天使だからだろ」


 ひとり、陰気な空気を吸いたくないと窓辺に立ち、外に視線を送り続けていたスフレイが振り返ります。


「恩恵を受けていた分、領地の活気が落ちる。領主としちゃあ困るだろうぜ」

「それだけじゃない」


 ばっさりと斬るような言い様に、ネディエは顔を瞬時に赤らめました。


「じゃあ何だ。大事な姉さんの代わりだからか」

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