第3話 いなくなった彼女①

 意外な方向へ話が運んだものの、ミモルは懐かしさと友人に会える期待でワクワクしていました。手紙のやり取りは続けていても、顔をあわせるのはとても久しぶりです。


 背は伸びているか、大人っぽくなっているかと想像をふくらませるほど、早く会いたい気持ちに急かされます。


「ネディエ、私のこと判るよね? ガッカリされないよね?」


 自分は何か変わったでしょうか。体は多少大きくなっても、精神的には子どものままだと言われるのでは……。悶々もんもんと悩んでいると、エルネアが「何を言っているの」と笑いました。


「ミモルちゃんのことを判らないわけはないし、もちろんガッカリもされないわ。あなたはとても魅力的よ、自信持って」

「魅力的?」


 思いもよらない声援に戸惑ってしまいます。ミモルは、自分が魅力的だとは到底思えません。森にこもって暮らす子に、町育ちの子が魅力など感じるでしょうか?


「えぇ、私を信じて」


 エルネアはとんと胸を叩く仕草をして請合うけあいました。その自信たっぷりの態度がおかしくて、パートナーを信じることなら出来る気がします。

 ところが、そんな期待と不安とが混ざった落ち着かない気分も、塔の入口が見えてくるに従って急激にしぼんでしまい、ついには足が止まってしまいました。


「ミモルちゃん?」

「ほれ、すぐそこだぜ?」


 大人達が怪訝けげんそうに振り返り、先をうながすも、ミモルはその場にい付けられたように動きません。手をあてたその唇から小さな声が零れます。


「何か、変」

『変?』


 発した途端とたん、不快感がどっとき起こるのを少女は感じました。

 先ほどまでのくすぐったい不安とは全く違う、胸を気持ち悪くざわつかせる感覚です。直視したくない、でも知らずにはいられない、切羽せっぱ詰った……。


「嫌な予感がするの」


 弾かれるように今度は地面を蹴って走りだしました。慌ててエルネア達も後を追い、人ごみをかき分けて塔へと急ぎます。


「あぁ、お嬢さん」


 入口の兵はミモル達を覚えていて、スフレイの付きいもあってすぐに中へと通してくれました。案内役を務めてくれた女性は一通りの挨拶を述べただけで静かに、そして妙に焦った様子で彼女達を連れて行きます。


「こちらです」


 滞在した時にも何度か訪れた友人の自室は、今も変わらない場所にありました。名札のかかった茶色い扉をノックし、控えめに友人の名を呼びます。


「ネディエ。私……ミモルだよ。居る?」


 ばたばたっと慌ただしい足音が聞こえ、扉が開けられたと思った次の瞬間、そこには血の気を失った白い顔をして立ち尽くすネディエの姿がありました。

 理由を問いかける間もなく、頭の上部で三つ編みに結われた青い髪を振り乱す勢いでぐっと手を握られます。


 まるで今まで氷水に浸けていたみたいに冷たい手で、びくりと震えるほどでしたが、それでもミモルは優しく握りかえしました。きっと、よほどのことがあったのです。


 ミモルの知る彼女なら、次期領主として常に己を律しているネディエなら、久しぶりの再会であってもこんな大げさな態度を表すはずがありません。


 部屋は書棚などの必要最低限のものが置かれたさっぱりとした空間で、いかにも彼女らしさを覚えます。テーブルに載せられた大きな水晶玉だけが、やけに強く存在感を放っていました。


「……すまない」


 ややあってようやく手を離したネディエは、唇をんでうつむきます。覗き込むと目蓋まぶたを赤くらしているのが見えました。


「そういや、ヴィーラはどこだ?」


 少女のただならぬ姿に別の意味でおののいていたスフレイが、ふと気付いて首を巡らせます。主人がこんな状態に陥っているのに、パートナーが席を外しているなどありえません。一体どうしたのでしょうか。


 スフレイが疑問を口にした瞬間、ミモルは友人が肩を震わせるのを見逃しませんでした。

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