第2話 話さないわけ②

 ハエルアに着いたのは翌日の昼を過ぎた頃合いでした。立ち並ぶ商店は以前にも増してにぎやかで、店を覗く人も呼び込む商人の顔も生き生きとしています。


 そして今も街の中央には高々と、人々を見守るように塔がそびえ立っていました。とても堂々として見え、領主の乱心によって一時は傾くのではないかと思われた不安が消えているのを感じます。


「一年足らずでここまで回復させるなんて凄いわね」

「前はそんなにヤバかったのか?」


 当時を知らないスフレイが聞き返します。彼にしてみれば、ネディエも妙齢みょうれいの領主ルシアも、人使いの荒さでは大差がない、程度の認識しかないようでした。


「ルシアは自分よりずっと才能のあったお姉さんを失って、心を病んでしまっていたのよ」


 ハエルアの領主には、余所よその土地にはないものが二つあります。一つは見上げれば首が痛くなるほどの高い塔、もう一つは先見さきみの力です。


 「占いの街」とも呼ばれるハエルアでは、露店に連なってそこかしこに怪しげな雰囲気の店があり、多くの客が幸せを掴みに訪れます。

 中でも群を抜いた実力者が領主一族であり、更にその一族の中でも最も優れていたのがネディエの母・ミハイでした。


「何でもピタリと言い当てたんだろ?」

「天候から、人の寿命までね」


 ミハイは透き通った水晶を覗いては、あらゆる未来を予見してみせたといいます。


懸命けんめいだったのは、全てを語らなかったこと』


 とは、ネディエのパートナーの天使・ヴィーラの科白せりふです。エルネアと旧知の仲でもある彼女は、亡くなった主の母親について寂しげにもらしていました。

 二人の会話に黙って耳を傾けていたミモルが塔を眺めて呟きます。


「分かる気がするな。人は理解できないものが怖いから」


 知りえないものを知り、見えないものを見るのが「先見の力」です。恐ろしいものを避けられる能力だからこそ、人々は我先にと求めます。

 けれど、好意的に受け入れられるのは一定の範囲の中での話です。その枠からはみ出れば、たちまち恐怖の対象へと変わってしまいます。


「もしかしたら、街の人たちは怖いから塔に閉じ込めているのかも……」


 別に、塔から出られないわけではありません。でも、その考えに捉われて見詰めると、街を支える木の幹のような塔が冷たく感じられるのも事実でした。


「ミモルちゃん……」

「で、その凄腕の占い師は、なんで死んだんだ?」


 感傷には浸りたくないとばかりに、青年はいたってドライな口調で問いかけます。


「さすがに家族に聞くのは気が引けるし、使用人は『わたくしどもの口に出来ることではございません』とか言いやがるしな」


 彼のことですからおどしに近い態度だったのかもしれませんが、どうやら誰も屈しなかったようです。


「無理もないでしょうね。言うべき言葉がなかったのだと思うわ。公には病死になっているらしいけど」


 エルネアは努めて冷静に答えました。内容が内容だけに、雑踏の中でかき消えそうな密やかさです。含みのある言い方に、スフレイの片方の眉がつり上がります。

 遠回しを好まない彼は不快感をあらわにしつつも、途中で遮ろうとはしませんでした。


「ネディエを狙って悪魔が現れたの。ヴィーラは必死に応戦した。なんとか撃退できたものの、深い傷を負ってしまって」


 あまりに突然の襲撃でした。主人を、身をていして守るのが精一杯で、うまく立ち回るどころではなかったと語っていました。


「鋭い爪に裂かれて息をするのもやっとの有様で、ヴィーラは消えていくのを覚悟した時に……」


 天使に死はありません。召喚された瞬間からその恩恵を受けて具現化し続け、体を保てなくなれば天に戻されます。

 それは同時に現世の主との永遠の別れも意味しましたが、ヴィーラは今も変わらずにネディエに仕えています。


 結論まで聞かずとも、スフレイには出来事の顛末てんまつが飲み込めました。重傷を負った天使と、死の本当の理由を明らかに出来ない母親。この二つだけで十分想像がついたのです。


「なるほどな。そりゃあ、誰も語らないわけだ」

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