閑話7 雪の降るゆめ②

「分かった。絶対会いに来るよ。約束する」

「じゃあ、友達。よろしくね。ねぇ、下においでよ」


 ミモルが連れて行かれたのは宿屋の奥に作られたキッチンで、一人の青年が料理を作っているところでした。

 エプロンを付け、青く長い髪を邪魔にならないように後ろで束ねています。包丁で刻んでいる野菜は、昼食のメニューになるのかもしれません。


「友達になったんだ。宿の中を見せてあげたくて」

「そう」


 あれ、このひと……。ミモルは何かを感じましたが、彼は優しく微笑むのみでした。代わりにふと、何か思いついた顔をして、戸棚から箱を一つ取り出しました。白く、飾り気のない箱です。


「どうぞ、二人で食べて下さい」


 持ち上げるようにふたを開きます。中からは青年の両手ほどある大きさのケーキが姿をあらわしました。箱よりももっと白い生クリームをまとった上に、色とりどりの果物が散りばめられています。


「良いんですか?」


 えぇ、と青年が再び微笑みます。ミモルはその笑顔がエルネアに似ている気がしました。やはり、このひとは――。


「今夜は聖夜ですから。幸せのおすそ分けです」

「聖夜?」


 彼は笑っただけで何も言いませんでした。ミモルは少女とケーキを切り分けて食べ、紅茶を飲みました。甘い香りがただよう、花を浮かべた素敵なお茶です。


 他愛たあい無いお喋りさえ、とても楽しい時間でした。雪が降り止まない中、時間が経つのが早く感じました。


「もう寝ましょう」


 二階で待っていてくれたエルネアに呼ばれ、初めてそんな時刻だと知りました。少女と部屋の前まで来ても、まだ話し足りない気がして離れがたい思いがします。明日の朝、出立まではまだ時間がある。そう自分に言い聞かせました。


「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 寂しげに笑い合います。扉を開け、中に入ろうとしたところで彼女が言いました。


「また、会おうね」

「え……」


 意味を聞き返す前に扉が閉まり、何だったのだろうと思う間もなく、眠気がおそってきました。



 翌日、目が覚めると、ミモルはあることを知りました。


「……夢、だったんだ」


 外は相変わらずの雪景色でした。吹雪はすでに止んでおり、行き交う人の話し声が聴こえてきます。

 しかし、そこはあの少女のいる宿屋ではありませんでした。部屋も異なるおもむきです。暖炉はなく、宿の人が用意してくれた火鉢ひばちがはぜていました。


「夢を見たの?」


 すでに着替えたエルネアが心配そうにたずねてきます。狼狽ろうばいしたミモルの様子が気になったのです。


「うん。女の子と友達になったんだ」


 宿屋の少女。一緒に食べたケーキとお茶とお喋り……。話していると、楽しかった思い出としてよみがえってきます。まるで本当にあった出来事のようでした。


「そう。何て名前だったの?」

「名前?」


 聞かれ、言葉に詰まった自分に驚きました。一日中一緒に居たのに、少女の名前を聞いていなかったのです。それどころか、自分の名前さえ伝えてはいません。


「あれはどこだったんだろう。……また会おうねって約束したのに」


 ただの夢とは思えませんでした。それなのに、再会をしたくとも手がかりが何もない。これでは大事な約束が果たせません。


「……どうしよう」


 沈んでいるミモルをなぐさめる言葉が見付からなかったエルネアが、ふと思い出して言いました。


「ねぇ、ケーキを食べに行かない?」

「え?」


 返事をする前から、彼女は荷物をまとめて出掛ける準備に取り掛かっています。


「どうしたの、急に。確かに夢でケーキを食べたけど、別に今食べたいってわけじゃ」


 戸惑とまどうミモルをさえぎり、エルネアが微笑みます。


「今日はこの地域の人にとって聖なる日だって、宿屋の人から聞いたのよ。みんな、ケーキを作ってお祝いするんですって。だから、ミモルちゃんも一つ食べましょ」


 目を見開きます。夢でケーキを食べたことは言いましたが、それをくれた青年の話はほとんどしていなかったのです。

 夢で彼は確かに言いました。「今夜は聖夜」だと。……ミモルは不安が期待に変わっていくのを感じていました。


《終》


 ◇今回は少し不思議なお話にしてみました。

 実は別作品を読んで下さった方にはピンとくる内容にしているのですが、読んでなくても大丈夫にはなっていると思います。

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