第29話 最後ののぞみ②

「ボクも一緒にいくよ」


 あたしを連れていって。そう告げる前に、別の声が同じことを告げました。隣に立つクルテスです。

 この場にいる誰よりも最期を悟ってしまったのか、項垂うなだれる姿からは諦めのような疲労感をうかがわせました。


「ボクにはまだ時間が残されてる。キミの時間を延ばすことも不可能じゃない。けど……そんなこと、喜ばないよね」


 胸のあたりまで消えつつあるサレアルナは静かに微笑みます。それこそが、彼が何百年も何千年も望んでいたものでした。


「代わりにキミの望みを叶えてあげる。何がいい?」


 柔らかい表情をした二人の印象がやけにくっきりと浮き上がって、その時のミモルには他のことがぼやけて感じられる気がしました。


「鎖を砕いて」


 サレアルナは即答し、彼が「わかった」と深く頷くのを確かめると、笑みを濃くします。


「ありがとう。犯してきたたくさんの罪を、あなたのおかげでほんの少し、つぐなえる」


 突然、ミモルは体から何かが抜けていくような気がしました。長い間背負っていた荷物を降ろしたような感覚です。

 慌てて全身を探るも、今も「表」に出ているのはリーセンで、自分は内から世界を眺めている――その事実に変わりはありませんでした。


「血はあまりに広がっているから、すぐになくなることはない。ただ、これ以上濃くなることもないよ」


 彼の言葉で、今の感覚が女神の願いを叶えた結果なのだと悟ります。手を振りもせず、瞬きをするよりも簡単に、血の流れをせき止めたのだと。

 ただ、二人を見詰める少女の口から飛び出したのは疑問などではありませんでした。


「待ちなさいよ。あんた達ばっかりで何を納得してるわけ。あたしは……あたしはどうなるのよ!」

「……そうだね。サレアルナの願いを聞いたんだから、キミの願いも聞いてあげないとね」

『リーセン……』


 一緒に行きたいよね。とは、ミモルには言えませんでした。

 もしかしたらこれが、彼女が選び取れる最後のチャンスかもしれません。逃せば、今度こそ永劫えいごうの時が口を開けて待っているはずです。


 ですが、それは同時に永遠の別れでもありました。サレアルナとクルテスが言います。


「私はもう、何も強いたりしない」

「来るなら来なよ。転生することもない、完全な無へね」

「あたしは」


 リーセンは呟いたきり、沈黙しました。様々な思考が浮かんでは消え、葛藤かっとうが渦巻き――大きく息を吐き出します。


『ミモル』

『なに?』


 応えながら、肉声でもないのに震えてはいないかと心配になりました。やはり、さよならを言われるのでしょうか。そう思うと、身構えずには居られません。


『……邪魔じゃない?』

『えっ? ぜ、全然! 邪魔なんかじゃないよ!』


 意外な質問への驚きに被せるようにして、力強く肯定します。


『ここに、居てもいいの』

『女神様の代わりには、なれないけどね』


 同じ問い。同じ答え。リーセンは込められた想いを数秒の間かみしめて、きっぱりと言いました。


「あたしを、ミモルの魂に固定して」


 クルテスが腕をそっと撫でると、ミモルも願いが叶えられた事を理解しました。一対のものがぴったり合わさるような、しっくりくる感触が胸の内で生まれたのです。


「これでいい?」

「ありがとう」


 彼は多くを確認しませんでした。流れゆく魂を固定する行為は、ミモルと同じ時間を生きていくこと。無限が有限になった瞬間でした。

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