最終章 あらそいの結末

第29話 最後ののぞみ①

「その時、クルテスも同じことをしたんだね」


 彼らはそれぞれの思惑ではあったものの、運命を人に託すことにしました。けれど、いかに身勝手だったかを、彼女はすぐに思い知らされることになります。


「私の力は、人が扱うには強過ぎたのです」


 血によって受け継がれるそれは、時に暴走し、周囲を傷付け、自我を侵しました。惨状さんじょうを見、案じた神々は、天使を遣わして女神の血族を正しい方向へと導こうとします。


 しかし、その結果こそが今のミモルを取り巻く環境であり、悲劇の連鎖れんさに他なりません。


「全てが間違いだったのです。全てが……」


 サレアルナは両手で顔をおおって繰り返しました。告白に嗚咽おえつが入り混じり、指の間から涙がしたたり落ちていきます。


「私の存在が、いくつもの悲しみを生んでしまいました。今となっては……消えてしまうことが、唯一のつぐないでしょう」

「ばかっ!」

「……リーセン」


 鋭い声が切り裂きました。さめざめと泣き始めたサレアルナは、はっとしたように顔をあげて声の主をみとめます。


 赤い瞳の少女がその目を更に赤く染めて、一度は強く握り締めた拳を開いて女神の腕を掴みました。

 透けていようと、魂だけの存在であろうと、「彼女」は「自分自身」です。


「どうして相談せずに決めちゃうのよ! あの時だってそう。一言もなしに放り出されたあたしが、どれだけ悔しかったと思ってるの。また今度も一人で逃げ出そうとしてる。そんなの絶対に許さないから!」


 一息で言い切ると、きつく睨みつけます。気迫にされた女神は、ややあってようやく返事を絞り出しました。


「ご、ごめんなさい……」

「謝るくらいなら、最初からしないで」

「私、あの時はそれが最良だと思ったの。でも、一人きりになってすぐに気が付いたわ。とてつもない孤独感に」


 リーセンが魂の牢獄ろうごくに閉じ込められたと感じたように、サレアルナもまた終わりのない寂しさにさらされてきました。


「一緒にいたら、もっと良い方法が浮かんだかもしれないじゃない」


 そうね、そうね。言われるままにうなづきますが、リーセンが最後まで言い終えるのを拒むように、「ごめんなさい」と遮ります。


「だから、謝るなって――」

「違う。もう遅いのよ。別の道を選べば良かったと後悔しても、戻れないの」


 言葉の意味するところを察して、全員が戦慄せんりつを覚えました。「まさか」と口を開いたのはクルテスで、その顔には絶望の影が忍び寄り始めています。


「私には、もう何の力も……時間もないのです」


 自らを隠して現れなかったのは、現実を直視するのが嫌だったからだけではなく、懺悔ざんげのように全てを語ったのも、過ちを許して欲しかったからではありません。

 告白するが早いか、彼女はさらに希薄になっていきました。


「サレアルナ?」


 ぎょっとしたリーセンが強く掴んで引っ張るものの、ただでさえ透けていた体が足元から空気に溶けていきます。彼女はふっと笑って、かつての自分を見下ろしました。


「リーセン。あなたがミモルさんと出会えて良かった。本当に、自分のことのように嬉しいの」

「何を言って……」

「だって、もう一人ぼっちじゃないんだもの」

「今『消えるな』って言ったばかりじゃない! ねぇ、だったらあんたもこっちに来なさいよ。あたしが引っ張り込んであげるから」


 必死なのを見てとって、サレアルナは微笑を苦笑に変えました。すでに腰のあたりまでが景色と判別できなくなっています。


「ミモルさんを困らせてはだめよ。解っているでしょう?」


 女神の器となる人間には多大な負荷がかかります。ティストにこれまで何の変調もなかったのは、直系の血筋と、奥深くへと封じられていたからです。

 いくらミモルが強い力の持ち主でも、少なからずダメージを負ってしまうでしょう。


「なら、今度こそ――」

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