第18話 じけんの発端②

「結局、利用されただけだったというわけか」


 投げ捨てるようにロシュが言い、その場に崩れ落ちます。脱力して倒れそうになるその身を、ナドレスが掴んで揺さぶりました。


「何がどうなってるんだ! 説明しろよ!!」


 事の一部始終を見届けても、彼には事件の顛末てんまつが見えてこなかったのです。いえ、分かりつつも真実を知るのが怖かったのかもしれません。

 追っても仕方ないと諦めたムイが「今までの話を総合すると」と言い、気持ちを切り替えます。ここは事情を整理しておくのが肝要だと判断したのでしょう。


「そこの馬鹿はあいつの罠にかかって利用された、ってところでしょ」

「だから、そこを具体的に教えてくれよ」


 むくれるナドレスに答えたのはロシュです。


「……俺は、とある遺跡であの彫像を見付けた」

「遺跡、ね。あんた、盗掘者か冒険者なわけ?」


 身なりを見る限り、とてもそんな血気盛んなタイプには見えません。ロシュは首を振って「ただの辺境に住む貴族の息子だよ」と言いました。

 彼の話では、オキシアの端、国境沿いに位置するその町近くの森には古い遺跡があり、調査のために発掘作業が行われていたらしいのです。


 ある日、珍しい彫像が発見されたと聞き、領主は息子に視察を命じました。人の心を絡め取る美しい彫像。彼にはその声が聞こえてしまったのです。


「あれが全ての始まりだった」

「……違うわね。多分、もっと前から仕組まれてたことよ、それ」


 独り言のように語るロシュが顔を上げ、一寸体を強張らせましたが、すぐに再び力を失います。腕を組むムイの険しい表情に、次の言葉を待ちました。


「かも、しれないな」

「で? あとは説明不要? それより、もっと大事なことを聞かせてもらおうじゃないの。……ティストに、何をしたの」

「……」

「精神の奥底に眠っていたあいつを呼び起こすために、何をしたのかって聞いてるのよっ!」


 ガン! ムイは、これ以上黙ったままなら許さないという意思表示として、強く地面を踏み鳴らしました。地面が揺れたかと感じてしまうほどの轟音ごうおんです。


「奥へ行けば分かるさ」


 代わりに返事をしたのは、いつの間にかやってきていたスフレイでした。彼はこの場の深刻ぶった雰囲気に呑まれていないようで、あくまで気楽に話しかけてきます。


「俺達を一番てこずらせてくれたものがあるぜ」


 言われるまま、ムイとナドレスは暗い廊下を進んでいきました。奥はあのけがれた『神』が現れた場所です。そこに何かあるのは間違いありませんでした。


「これは……」


 それを見た瞬間、二人は全身に鳥肌が立つのを感じました。焦りや恐怖が入り混じり、背中に汗が噴き出します。


 骨が浮き出そうなくらいに痩せ細った女性です。瑞々しさを失った肌によれよれの髪がしなだれかかり、うつむき加減の顔を覆い隠しています。

 かつては美しかっただろうドレスと思しき布地はほこりにまみれ、女性を更にみすぼらしく見せていました。


 近寄ると、動いた空気に撫でられ、彼女の両腕を吊り下げる鎖がジャラリと重い音を立てます。足首にめられた輪には鉄球が繋がれ、完全に自由を奪い去っていました。誰なのか、問いかけるのもためらわれる光景です。


「無様な姿だろ。とても王妃なんて思えないだろうぜ」

「王妃ですって?!」

「お前ら、これを見せたのかっ!」


 ムイが驚きの声を上げ、ナドレスが赤い顔でスフレイの胸倉を掴みます。

 同時に、胸のうちで謎が一つ解けました。少し前に聞いた、戸惑いを含んだ声と叫びの原因はこれだったのだと。


 王妃と呼ばれる女性の様子を一目見れば、かなり前から監禁されていたことが分かります。

 ティストは何も言いませんでしたが、城を抜け出したのも母親の行方不明のせいもあったのでしょう。それなのに、やっと叶った再会は酷いものでした。


「ティスト様を苦しめるためだけにこんなことをしたのか!」


 まだ若々しい年齢のはずなのに、これではまるで老婆です。強い風が吹けば折れてしまう、枯れ木のようでした。

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